◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第52回

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第三章──物証 07
憔悴した増山の母親。志鶴は居間のローテーブルを見てぎょっとする。

 

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 足立南署を出た二人は都築の車で増山の実家へ向かった。増山文子(ふみこ)には電話でアポイントメントを取ってあった。近くのコインパーキングに車を停め、都築と一緒に歩いていくと増山の家の周囲の取材陣はまた増えていた。移動の間にスマホでざっとチェックしていたが、増山の再逮捕はトップニュースになっていた。彼らをかき分け玄関に向かうと「あれ、都築弁護士じゃない?」という声が聞こえた。

 文子にドアを開けてもらい、素早くなかへ入る。志鶴は都築を紹介し、都築も自ら文子に挨拶した。志鶴は三日前の土曜日にも増山への手紙を書いてもらうためこの家を訪れていたが、増山の黙秘を喜んだそのときと比べて文子はぐっと老け込んで見えた。ただでさえ猫背気味の背中がさらに丸くなっているし、眼鏡の奥の目には泣きはらしたような跡があり、落ちくぼんでいる。

 居間のローテーブルを見て志鶴はぎょっとした。大量の封筒や折り目のついた便箋が積み上げられていた。

「川村先生は開けずに保管だけしておけ、っておっしゃったけど、つい……」

 志鶴の視線に気づいた文子が言った。

「ほう」都築が言ってテーブルに近づき、「ちょっといいですか」と葉書の一枚を手に取った。

「『ロリコンの変態は死刑!』だって……ハハ」

 都築はその葉書を志鶴に見せた。都築が言った言葉がボールペンで何回もなぞったらしき荒々しい文字で書きなぐられている。文言だけでなく字面も暴力的だ。

 都築は葉書を置いて便箋に手を伸ばした。

「なになに──『あなたの息子は人間ではありません。人の皮をかぶった怪物です。母親であるあなたにも化け物を生んで育て世に放った責任がある。生きたまま串刺しにされ地獄の業火に焼かれてしまえ』……はっはっは。なかなかの文才じゃありませんか、お母さん」

 都築はにこりともせず言った。文子の顔は青ざめている。都築は便箋を放った。

「僕もね、刑事弁護を専門にやってきたのでこういう手紙はたくさんもらってきました。この手紙と逆のパターンで、お前のような外道の親の顔が見てみたい、とかね。お前の家族も被害者と同じような目に遭えばいいとか。ありませんでした、そういう内容?」

「……ありました」

「でしょう?」都築は愉快そうに言った。「結局、こういう手紙や電話を寄越(よこ)してくるような人間の発想は貧弱、ワンパターンなんです。まあこれくらいの量ならいいかもしれないけど、そのうち飽きてきますよ。スーパーのちらしを見てる方がよっぽど退屈しない。昔なら集めて焼き芋の焚(た)きつけくらいにはできたんだけど、今は環境問題があるからゴミにしかならない。時間つぶしにしたってあんまりお勧めしないなあ」

 文子はうなだれたままだ。

「お母さん。こういう連中がなぜこんな手紙を送ってきたりするか、わかりますか?」

「……いえ、私には」

「川村君、君はわかるかね?」

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里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

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