◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第55回

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第四章──原点 02
志鶴には、弁護士を目指すきっかけとなるある事件があった。

 警察が発表しなかったからか、事故状況について詳しい報道がなされていないのも釈然としなかった。

 事故が発生したのはX県の国道。現場付近は標高二百メートルほどの山間を走る最高速度五十キロの区間で片側一車線。白バイの進行方向左側に向かってカーブしており、左手が山側の傾斜になっている。白バイの前方に対向車線を走る原付バイクが見えた。白バイが車線中央を走っていたところへ、センターラインをはみ出した原付バイクが突っ込んできてよけきれず衝突した。

 報道でわかるのはそこまでだった。

 誰より納得できなかった篠原の両親は、息子の死の真実を知ろうとX県警に何度も説明を求めたが答えてもらえず、葬儀を終えると初めて事故現場を訪れた。警察の案内を望めるはずもなく、地元のタクシーの運転手に頼んだ。大体の場所しかわからないが、と運転手が車を停(と)めた場所で二人は道路に降り立った。

 そこだけ新しいものに交換されていたガードレールの他に、事故の現場であると示すものは見当たらなかった。路面の一部のアスファルトも新しく打ち直したように見えたがそれも事故の痕跡なのか。ニュース映像に映った場所にも思えたが自分たちの息子がこの場所で死んだという実感は湧いてこなかった。現場へ来れば事故の状況について何かわかるかもしれないという期待はあっさり裏切られた。

 X県警に出向いて直接掛け合ったが対応は変わらなかった。

「本当にあの子に事故の責任があったんですか?」母親は拭いきれない疑念をぶつけた。

「お答えできません」対応した警官が答えた。

「私たちは一人息子を失ってるんですよ! 何が起きたのか知る権利はあるでしょう」抑えきれない感情があふれた。「あの子に責任があるならそれでもいい。私たちは知りたいだけなんです。なぜわかってもらえないんですか!」

「警察は市民の味方じゃないんですか」父親も言いつのった。「われわれは法を守って真面目に生きている。悪いこともしてないのになぜこんな仕打ちを。何か隠さなきゃいけない理由でもあるんですか?」

 だが上の人間を引きずり出してもロボットのように同じ言葉をくり返すばかり。糠(ぬか)に釘(くぎ)を打つ方がまだ手応えがあるのではないかとさえ思えた。東京へ戻った二人はつてをたどって弁護士を見つけ、自分たちの息子の身に起きたことを知るためにどうすればよいか相談した。

 三十代半ばの小池(こいけ)という男性弁護士は二人の話に耳を傾けたあとこう言った。

「警察が捜査をしている以上、現場の事故状況をまとめた実況見分調書や事故の一方の当事者である白バイ警官の供述調書が必ず存在するはずです。尊さんの身に何が起きたのか、そうした資料に当たることで見えてくるかもしれません。普通の刑事事件では起訴されて公判になれば実況見分調書も供述調書も開示請求することができますが、今回の事件では被疑者が死亡しているので不起訴。不起訴になった事件の記録は非公開が原則です。ただし交通事故の場合、実況見分調書は開示請求できます」

(つづく)

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里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

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