◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第57回

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第四章──原点 04
遺族が提起した国家賠償請求訴訟。すなわちその相手は国家権力だった。

「冤罪(えんざい)……ですか?」篠原の父親が言った。

「他の証拠も検討してみる必要はあると思いますが」小池は慎重に口を開いた。「その可能性は低くないかと」

 篠原の母親の顔が歪(ゆが)んで目に涙があふれた。

「許されていいんですか、そんなこと?」

「本来あってはいけないことです」

「警察に殺されたうえ、やってもいない罪を着せられて犯罪者にされるなんて、このままじゃ尊が不憫(ふびん)すぎる」篠原の父親が言った。「どうにかできないんですか。X県警を刑事告訴するとか」

「警察の不正を暴き真実を明らかにして尊さんの名誉を回復する。その目的のための選択肢の一つではあります。が、警察官を犯罪者として刑事告訴しても組織防衛を最優先する警察や検察が受理することはないでしょう」

 篠原の両親は信じられないという顔をした。父親が口を開く。

「じゃあどうすれば──」

「国家賠償請求訴訟を起こすべきだと考えます。国賠なら警察や検察を否応(いやおう)なく土俵に引きずり出せる。形式上慰謝料を請求しますが裁判の過程で現在警察が応じていない捜査記録もすべて開示させ、間違いや虚偽を指弾することが最大の目的です」

 篠原の両親は、白バイ隊員とX県警を相手取り、約六千万円の国家賠償請求訴訟を提起した。

 

 日本国憲法第17条──"何人も、公務員の不法行為により、損害を受けたときは、法律の定めるところにより、国又は公共団体に、その賠償を求めることができる"──に基づく国家賠償法第1条──"国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる"──により国民は国や自治体を相手取って損害賠償を請求できる。

「国賠かあ。弁護士は当たりだったんだね」森元が言った。

 国家賠償請求訴訟は、民事訴訟だが相手は国家権力。刑事事件の無罪率ほどではないが原告側の勝ち目が限りなく低いことは共通する。訴訟の範囲は多岐にわたるが、合計して十パーセントにも満たないのではないか。代理人を引き受けてくれる弁護士を見つけるのも現実には大変だ。刑事弁護に熱心に取り組む小池弁護士ならではの提案だったと言えるかもしれない。

「──で、どうなったの?」森元は志鶴を見た。

「X県警の検察への送致記録が開示された結果、事故の当事者である白バイ隊員の他に一人重要な証人がいたことがわかりました。事故現場から五十メートルほど離れた場所に畑を持つ農家の男性です。仮にAさんとしましょう。畑は国道沿いの谷側にあり、事故が起きたときAさんは畑で農作業をしている最中で、衝突音を聞きつけて作業を中断し現場へ向かった」

「事故直後の現場を目撃した?」

「そうです。倒れたままの白バイ隊員も声をかけると意識はあったが携帯で警察と消防に通報したのはAさんで、警察と救急隊員が駆けつけるまで現場にとどまっていました」

「でもそれなら実況見分調書の立会人になっていたはずだよね?」

「いえ。実況見分調書の作成に立会人として呼ばれたのは、ある程度怪我(けが)が回復した白バイ隊員だけでした。Aさんは事故の直後に参考人として供述調書を取られていましたがその内容は至っておざなりなもので、あとでいくらでも自分たちの自由に実況見分調書を作れるように警察がわざとそうしたとしか思えません」

「不利になりかねない目撃証言をさっさと潰しておいたと考えられるわけか」

「小池弁護士が実況見分調書を見せると、Aさんはびっくりしたそうです。自分の記憶とはずいぶん違うと」

「どんな風に?」

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里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

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