◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第57回

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第四章──原点 04
遺族が提起した国家賠償請求訴訟。すなわちその相手は国家権力だった。

「大きく三点です。まず白バイの速度。Aさんがいた畑は一番遠い地点でも事故現場から百メートルも離れていない。国道との間を隔てるのはガードレールのみ。しかも白バイの進行方向で言えば事故現場の手前に位置していた。衝突音を聞くしばらく前から、Aさんの耳には大きなエンジン音が近づいてくるのが聞こえていた。Aさんが作業の手を止めて顔を上げると、白バイがものすごいスピードで走ってきて通り過ぎた。間違いなく時速百キロ以上は出ていたとAさんは思った。Aさんの視界から見えなくなる寸前、白バイはバランスを崩して対向車線側に膨らんだように見えた。衝突音が聞こえたのはその直後でした」

「それだけでも決定的じゃない」

「二つ目はブレーキ痕。警察が作成した実況見分調書には白バイのものとされるブレーキ痕が撮影された写真があった。でもAさんの記憶では事故の直後、現場周辺にブレーキ痕はなかった。三つ目。Aさんが現場に到着したとき、篠原尊は原付バイクとガードレールの間で圧(お)し潰されていた。Aさんはとっさに原付バイクを篠原の体からどけて路面に倒し、事情聴取でも警官にそう述べた。にもかかわらず実況見分調書の写真や見取り図を見ると、原付バイクは篠原が倒れていた場所から進行方向で言うと前方十メートルほど離れた場所に倒れていたことになっていた。そしてAさんが原付バイクを篠原の体からどけたという証言は、彼の供述調書には反映されていなかった」

「うわあ。あまりと言えば露骨なやり口。もちろん小池弁護士はAさんに原告側証人として出廷するよう頼んだのよね?」

「ええ。Aさんは自分も警察のやり方に納得がいかないと、小池弁護士や篠原夫妻の頼みに積極的に応じてくれました。彼にはもう一つ気になっていたことがあった。この事故が起きる以前から畑の前の国道をX県警の複数の白バイがしょっちゅう高速で走っているのを見ていたそうなんです。たぶん軽く百キロ以上の速度で、それもサイレンを鳴らさずに」

「違反車両の取り締まり以外の場合サイレンを鳴らさないと緊急走行とは認められないし、緊急走行じゃないなら白バイでも速度超過違反だよね」

「緊急走行でも、最高速度五十キロの区間で百キロオーバーはアウトです」三浦が指摘する。「法的に許されるのは八十キロまでですね」

「なおさら問題ってわけだ」

 志鶴はうなずく。

「その辺りは人通りも車通りも少ない場所だったので白バイの練習場になっていたのではないかと、Aさんだけでなく近隣に住む人たちの話題になっていたんです。自宅から畑までトラクターで往復していたAさんは、しばらく前から何度かそうした白バイとすれ違ったこともあり危険視していた。事故当時は朝からの雨がやんで間もない頃で、路面はまだ濡(ぬ)れていた。衝突音がしたときAさんがとっさに考えたのは『ついに事故ったか』ということだった」

「そもそもAさんにとっては起こるべくして起こった事故だったと。それも白バイ側の過失で」

「それを裏づけられそうな事実が小池弁護士の調査によって判明しています。事故の二週間ほど前、警察庁から全国の警察署にある通達文が出されていた。交通違反の取り締まり中、パトカーや白バイによる事故が多発していた事実を受け、事故防止対策を推進強化するものです。『体験型・実践型教養訓練の推進』という項目に『高速時、悪天候時等の車両の特性』、『緊急走行、追跡・追尾走行訓練』というプログラムが確認できました。Aさんが畑の前の国道で白バイの高速走行を目撃するようになったのも、ちょうど二週間ほど前から。Aさんの話では事故直後に現場に集まってきた警察官の数は四十人近かったそうです。普通の事故処理では考えられない人数ですよね。現場周辺の広範囲をたちまちブルーシートで覆い隠し、Aさんをその外へ締め出した」

 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

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