◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第62回

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第四章──原点 09
初めての裁判体験を語った志鶴。判決とは別に「一矢は報いた」という。

 

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 傍聴席にいた私服警官たちが浮足立ち、なかには口を半開きにする者もいた。

 裁判長と被告代理人は毒気を抜かれたような顔になった。裁判長に促され証人席を立った白バイ隊員は被告側の席に戻ってもまだ顔を伏せたままだった。

 その日の口頭弁論の内容はそれで終わり、志鶴は長距離バスで東京に帰らねばならなかったが、小池弁護士による被告の反対尋問は決定的だったのではないかと感じていた。白バイ隊員は尋問に対しては噓をつき通したが、答えにならなかった最後のあの嗚咽(おえつ)のような声はそれまでのどんな答えよりも雄弁に思われた。

 

「……それで判決は?」森元逸美が志鶴に訊ねた。

 志鶴と森元それに三浦俊也の三人は、天ぷら屋で昼食を食べたあとすぐ近くにあるカフェに移動していた。

「原告側の敗訴でした」志鶴は答えた。

「そうか……」

「電話で判決を聞いても高校生の私には信じられませんでした。白バイ隊員が噓をついていることは法廷にいる誰もがわかった。原告被告どちらの訴えが正しいかはあの反対尋問で一目瞭然だったはず──でもそうなると裁判長はそれをわかっていながら警察側に有利な判決を下したことになる。そんな不公正がまかり通っていいはずがない。自分が間違っているのかあの裁判長が間違っているのかどちらかしかない。うぶだったんですね、私も。日本の裁判で理不尽が横行している現実を知らなかった」

 判決文の最後は今でも覚えている。

"交通取締用自動二輪車での走行中において対向車両がセンターラインをはみ出す事態を予見し、衝突事故を回避すべき可能性があったものとは認めがたいから、本件事故の発生につき被告に過失があるものとは認められない。原告に対し被告及び県は国家賠償法1条1項に基づく損害賠償責任を負わないこととなる"

 一見もっともらしい言葉が羅列されているが、事故が起きた状況についてX県警側の主張を無批判に丸呑みしただけの、結論ありきの空疎な文章だった。

「初めての裁判体験が国賠訴訟の原告側関係者かあ。しょっぱなから強烈な洗礼受けたわね。たとえ癒着がなかったとしても、公務員相手の裁判と考えると警察官も裁判官も広い意味では一蓮托生(いちれんたくしょう)。裁判長が原告側を敵視しても不思議でも何でもないもんね」

「刑事裁判で裁判官が無罪判決を出しにくい構造と似てるよな」と三浦。「下手に無罪を出すと起訴した検察側の怒りを買って上訴される。裁判官といえども人の子、組織防衛のためになりふりかまわぬ警察からのプレッシャーも感じていたんじゃないかな」

 志鶴はうなずく。

 判決を知らせてくれた支援者によれば、判決が出た直後、その日も傍聴席にいた私服警察官の集団は一斉にガッツポーズを取ったという。

「ところで篠原さんの案件、確かご両親は控訴したはずだよな? その後については知らないんだけど」

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里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

髙村 薫さん『我らが少女A』
貫井徳郎『罪と祈り』