◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第66回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第66回
断章──増山 04
「お前の噓なんかお見通しなんだよ」繰り返される詰問に淳彦は……。

 ばあん──! 係長が淳彦の目の前の机を手で叩いた。淳彦は硬直する。

「言ったろう、金輪際逃がさないって」また顔を近づけてきた。胃が悪そうな口臭がした。「お前の噓なんかお見通しなんだよ。だからしょっぴいてんだ。噓ついたら偽証罪で目ん玉くり出すぞ」

 係長は淳彦のすぐ目の前に手を伸ばし、指を曲げた。淳彦はのけぞった。

「何ビビってんだ? お前に殺された絵里香ちゃんはもっと怖かっただろうよ。手前それ見て楽しんだんだろうが。皮っかぶりのチンポおっ勃(た)てて。そうだろ、ああ?」

 殺人の疑いまでかけられている。淳彦は驚きと共に首を振った。

「このチンカス豚野郎!」係長は淳彦が座るパイプ椅子の脚を蹴った。「弱い相手には調子こいて好き勝手やって、強い相手にはへこへこしやがって。お前、そうやってすっとぼけてればどうにかなるとか思ってんだろ。これまで何十年もそうやって薄汚く小ずるく生きてきたんだよな? いい年して実家暮らしで母ちゃんのしなびたおっぱいしゃぶってすねかじりながらよ。そういう舐めきった人生も今日で終わりだ。お前はもう二度と娑婆に戻れないし、年金暮らしの母ちゃんに甘えることもできない。お前みたいなバケモノをこの世にひり出したあげく甘やかし放題にした母親も吊(つ)るしてやりてえくらいだよな、本当は」

 淳彦は気持ち悪くなってきた。取調室は狭い。鉄格子がはまった窓は淳彦の背中側だ。空気が欲しいと思った。

「お前がこれ以上噓をつくなら、お前の母親も調べなきゃなんねえな。それでいいか?」

 どう答えてよいかわからなかった。

「それでいいか!」係長が怒鳴った。

 淳彦は考え、「い、いえ」と答えた。

「だったら噓つくんじゃねえぞ」係長が声を低める。「お前、綿貫絵里香ちゃんのこと、知ってたよな?」

 淳彦はぶるぶると首を振った。

「ちゃんと答えろ」

「し、知りません……」

「ニュースで観て知った。昨日はそう言ってたよな? でもあれは噓だ。お前はその前から絵里香ちゃんを知っていた。そうだな?」

「い、いえ……」

「お前はニュースで観る前から絵里香ちゃんのことを知っていた。そうだな?」

「……いえ」

「じゃあいつ知った?」

「だ、だからニュースで」

「何月何日?」

「……そ、それは、わからないけど」

「何月何日何時のニュースだ?」

「わかりません……覚えてません」

「覚えてなくて当たり前だ、噓なんだから。お前はニュースなんかよりずっと前に、絵里香ちゃんのことを知っていた。死体遺棄をした張本人だから当然だ。そうだよな?」

「ち、違います」

「死体遺棄だけじゃない、彼女を無理やり犯して、殺した。鬼畜だよお前は。やったんだよな?」

「やってません」

「今回の事件には関係ないと?」

「は、はい」

「絵里香ちゃんのことも知らなかった?」

「はい」勢い込んでうなずいた。

「違うだろ。増山、貴様は、ニュースになる前から絵里香ちゃんを知っていたんだ。認めろ」

「……知らないです」

「脳味噌(のうみそ)の代わりにラード詰まってんのか!? 馬鹿の一つ覚えみたいに知らない知らないって。そうじゃねえ。お前は、ニュースになる前から絵里香ちゃんを知っていた。絵里香ちゃんを犯して殺した犯人だからだ。そうだな?」

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里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。