◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第68回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第68回
断章──増山 06
すべては恐ろしい偶然の産物だ──淳彦の訴えは刑事たちに届くのか?


「怪しまれると思って」

「後ろめたいから隠した。そういうことだな?」

 淳彦はうなずいてしまった。

「まあ当然だよな。お前は十六年前の事件についても、俺たちが言うまで隠していた。人間、隠し事をするのはやましいことがあるからだ。お前は自分にやましいことがあるから十六年前の事件も、ソフトボール部の試合を観に行ったことも隠した。さすがにそれは認めるよな?」

 淳彦は少し考え、押し切られるようにうなずいていた。

「で、でも、やってないんです」

 係長は淳彦の言葉にまったく反応しなかった。

「ジュニアアイドルか? お前は小学生や中学生の女の子の半裸でマスをかく忌まわしい変質者だ。十六年前、星栄中学校に侵入したのは性的な欲望に駆られ、ソフトボール部の女の子たちの制服を盗むのが目的だった。記録にもそうあったし、お前もそれを認めた。今回ソフトボール部の試合を観に行ったのも性欲からだ。だよな?」

 淳彦は言葉に詰まった。その代わりに目から涙がこぼれた。

「その試合でお前は絵里香ちゃんに目をつけた。何がよかったんだ? 顔か? 体か? 黙ってちゃわかんねえよ。ちゃんと答えろ。四十男のお前が、まだ中学生の彼女のどこに欲情してにやつきながら目で追い回してた? 言えよ、増山あ!」

 淳彦は思わず目を閉じ、両手で耳をふさいだ。その手が力ずくで引き離された。目を開けた。係長が淳彦の両手首をつかみ、ものすごい形相でにらみつけていた。

「逃げるな増山ッ──! てめえはもう逃げられねえんだッ。貴様が犯した罪を認めろ!」

「う……うふうっ」淳彦は自分の泣き声を聞いた。「もう許してください……許して」

「ふざけるなこのド畜生ッ! てめえに犯される前、絵里香ちゃんがどんだけ泣き叫んで懇願した? てめえに殺される前、どんだけ必死で声を振り絞って助けを求めた? だがてめえはどちらも聞かず彼女を脅して犯して殺した。教えてくれよ増山、貴様の体には俺たちと同じ血が流れてるのか? お前がここで心臓発作を起こそうが頭の血管ぶち切れて死のうが俺はかまわねえ。むしろこの手で絵里香ちゃんの敵討ちができてラッキーなくらいだよ。何が許してだ。どの口でぬかしやがる。どんだけ泣こうがわめこうが、俺はお前を断じて許さねえぞ。お前が自分の罪を認めるまで、地獄の果てまで追い込んで追い込んで追い込みきってやる──!」

 唾が飛んできた。係長の目はうるんでいた。淳彦は気が遠くなりそうになった。係長が淳彦の手首を放した。赤く痕がついてじんじんとしびれた。淳彦の頭も麻痺(まひ)している。

「増山ちゃん」イガグリが言った。「噓をつくとつらいのは自分だよ。まず一つ認めちゃおうか。知ってたんだよね、絵里香さんのこと?」

 淳彦はうなずいた。

(つづく)

連載第69回

 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

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