◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第69回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第69回

断章──増山 07
淳彦の気持ちとは裏腹に、取調室ではある書類の作成が進む──。

「お前の噓ははっきりした」間髪を入れず係長が言った。「お前はニュースで観る前、遺体が発見される十日前から綿貫絵里香ちゃんを知っていたばかりでなく、彼女を性的な目で追い回していた。その事実を隠していたのは、お前自身が認めたとおり、お前が絵里香ちゃんの死体遺棄に関係しているからだ。さて、絵里香ちゃんが行方不明になった二月二十日のお前の行動について、改めてじっくり訊いていくぞ。二月二十日午後五時半頃、お前は何をしていた?」

 昨日も何度となく繰り返された質問だ。脳味噌がぴくりとも動かない。煙草が喫いたい。ここから逃げ出したい。

「……わかりません」どうにか答えた。

「何でわからない?」

「覚えてません」

 三週間以上前のことなど覚えていない。が、淳彦は決まりきった生活を送っている。その日もいつものように夕刊の配達を終えるとまっすぐ帰宅し、母親が作った夕飯を食べていたと思う。しかし昨日何度そう答えても刑事たちは納得せず、「その証拠は?」と問い詰めてきた。淳彦には答えられなかった。

 昨日、事情聴取が終わり帰宅してから、淳彦は警察に訊かれたことを母親の文子に話した。文子も事件が起きた夜のことを思い出そうとしたが、できなかった。二人とも日記のようなものはつけていない。文子にはカレンダーに予定を書き入れる習慣があったが、二月の分は捨ててもうなかった。

 覚えていない。そう答えるしかなかった。

「お前はその頃、星栄中学校のグラウンドの外で、ソフトボール部の練習を観ていた」係長が決めつけた。

「違います」それだけは確信を持って言える。

「じゃあ何をしていた?」

「……たぶん、家にいました」

「それを証明できるのか?」

 まただ。淳彦は口ごもった。

「証明できないアリバイに意味はねえんだよ! ソフトボール部の練習が終わったのは、午後五時半頃。その頃お前は何をしていた?」

「……わかりません」

「とぼけるのもいい加減にしろ。新聞配達を終え、販売所を出たお前は原付バイクでまっすぐ星栄中学校に向かい、校門付近で、練習を終えて着替えた綿貫絵里香ちゃんが出てくるのを待ち伏せていた。違うというなら証明してみろ。証明できるのか」

「コ、コンビニで煙草買ってたかも……」

「証拠は?」

 黙るしかなかった。

「二月二十日の行動について、お前には否定や反論ができないってことだ。午後五時半頃、お前は星栄中学校の校門付近で、絵里香ちゃんを待ち伏せていた。そうだな?」

 違うと言いたかったが、その言葉は封じ込められてしまった。

「その後お前は、自転車に乗って帰宅する絵里香ちゃんのあとを原付でつけた。そうだな?」

「してない──」

「証拠は?」

 淳彦はまた口ごもる。堂々巡りだ。

「ないなら黙ってろ! その後お前は、何らかの方法で絵里香ちゃんを荒川河川敷に誘い出し、人気のない場所まで連れて行った。そうだな?」

 淳彦は黙って首だけを振った。係長は無視した。

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里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

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