◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第69回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第69回
断章──増山 07
淳彦の気持ちとは裏腹に、取調室ではある書類の作成が進む──。


「『上記の者に対する殺人、死体遺棄被疑事件につき、令和 × 年三月十三日、警視庁足立南警察署において、本職は、あらかじめ被疑者に対し、自己の意思に反して供述する必要がない旨を告げて取り調べたところ、任意次のとおり供述した。

一.今回の事件を起こしたときの状況について話します。私は、令和 × 年二月二十日午後五時半頃、威迫の上、強いて姦淫し、その後は口封じのため殺害する目的を持って、私立星栄中学校の校門付近で、同中学校のソフトボール部に所属する綿貫絵里香さんを待ち伏せしていました。このとき私は、性的に興奮した状態にあったことをよく覚えています。
 私はもともと、中学生くらいの年齢の女子に対して性的欲望を感じる、いわゆるロリータコンプレックスという性的嗜好(しこう)を持つ人間、少女性愛者です。私が綿貫絵里香さんに目をつけたのは、令和 × 年二月十一日、星栄中学校のグラウンドで行われたソフトボール部の試合を、隣接する道路上から見学していたときのことでした。十六年前も、私は、同校でのソフトボール部の練習中、校内に侵入して部員たちの制服を盗もうとして逮捕されたことがあります。同校の女子生徒、とりわけソフトボール部員に対する、性欲を伴う執着は、十六年前から温存され続け、発酵し、膨れ上がっておりました。私は、爆発寸前のその妄執と欲望のはけ口として、綿貫絵里香さんに狙いを定めたのです。

二.二十分ほど隠れて待っていた頃でしょうか、着替えをすませた綿貫さんが、部活の仲間と思われる数人と共に校門を出てきました。私は、自らの原付バイクで彼女らを尾行し、綿貫さんが、友達と別れて一人になるのを見計らい、声をかけて彼女に自転車を停(と)めさせることに成功しました。
 このとき私は、あらかじめ綿貫さんをそれでもって威迫・殺害する目的で用意していた刃物を携帯しておりました。綿貫さんに刃物を突きつけ、言うことをきかないと殺すぞと脅すと、綿貫さんは怯(おび)えた様子で「わかりました。言うとおりにします」と答えました。私はこれに勇気を得、大胆な気持ちになって、綿貫さんを伴い、荒川河川敷に向かうと、あらかじめそこと見当をつけていた、人気がなく、周囲から見えづらい場所まで連れて行きました。

三.当該現場に到着すると、私は綿貫さんに刃物を突きつけて脅し、彼女を強いて姦淫しました。そのうえで、かねて計画していたとおり、口封じのため、所持していた刃物で綿貫さんを刺突し、死に至らしめました。私はまた、証拠を隠滅する目的で、漂白剤も用意しておりました。綿貫さんの殺害後、その漂白剤を綿貫さんの体や衣類にまき、証拠の隠滅を図りました。

四.私は、自らの計画どおり、目をつけていた綿貫絵里香さんを強いて姦淫し、殺害したのです。これが今回の事件を起こしたときの状況です。』」

 係長はそこで読み聞かせを終えた。淳彦は思わず口を開けていた。よくわからないところもあったが、書かれていることのほとんどすべてがでたらめだということくらいは見当がつく。事実とかけ離れているばかりか、自分が言ってもいないことを言ったように書かれている。そもそも自分はあんなしゃべり方はしない。

「確認したな」係長が言って、書面を淳彦の前に置いた。「そこに署名して、指印を押せ」

 ノッポがボールペンと朱肉を持ってきて書面の横に置いた。

(つづく)

連載第70回

 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

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