◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第73回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第73回

断章──増山 11
検察庁へ送られた淳彦。以前、親身に話を聞いてくれた岩切検事なら……。

「左のページは、絵里香さんの遺体発見現場で、彼女のご遺体が見つかった二月二十一日に採証活動を行った鑑識課員が作成した『写真撮影報告書』の一部だ」係長が説明する。「煙草の吸い殻が二本写っている。そうだな?」

 淳彦はうなずいてしまった。

「で、次のページは科捜研が作成した『指紋対照に関する鑑定書』の一部だ。ここに、絵里香さんの遺体発見現場で採取された二本の煙草の吸い殻についた指紋と、事情聴取の際、君から任意で採取した指紋とが多くの点で一致し、同一人物のものである可能性が極めて高いと書かれている」

 そのプリントは、いくつかの指紋の画像と文章で構成されている。係長が示したのは蛍光ペンで塗られた文章部分で、淳彦には読みづらい文章だが、彼が言ったようなことが書かれているように思えた。

 驚く淳彦の前で、係長がさらにページをめくる。

「そして次。こちらもやはり科捜研作成による『DNA対照鑑定結果に関する一致確率算定の報告書』の一部だ。遺体発見現場で採取された二本の煙草の吸い殻から検出されたDNAと、事情聴取の際、君から任意で採取したDNAとがほぼ完全に一致し、同一人物のものである可能性が極めて高いと書かれている」

 こちらの書面でも係長が示した文章は蛍光ペンで塗られている。同じように専門的で難しそうな言葉が並んでいたが、係長が言ったようなことが書いてあるように見えた。

 ありえない。自分はもう何年も荒川の河川敷には行っていない。少なくとも今年に入ってからは一度も。綿貫絵里香の死体が発見された現場に、自分が喫った煙草の吸い殻が落ちているはずがなかった。

「ちなみに、遺体発見現場で採取された煙草の銘柄はラプラス。そして、足立南署に君が留置される際作成された『被留置者金品出納簿』によれば、逮捕時に君が所持していた私用の煙草の銘柄も、同じくラプラスだ。われわれは君の行きつけのコンビニを当たり、君がふだん購入しているのがやはりラプラスであるという証言も取っている。わかるか、増山。われわれは、君が犯行現場にいたことを裏づける物証をつかんでるんだよ──!」

 係長が勝ち誇ったような顔をした。

「けどそんなはず──」と言ってから、慌てて口をつぐむ。

「そんなはず──何だ?」係長が聞きとがめた。

 淳彦は黙って首だけを横に振った。

「これだけの動かぬ証拠を突きつけられ、それでも君はまだ黙秘などという、人間の風上にも置けない卑劣な手段を弄して逃げを打ち続けるつもりか、増山。なるほどそれは憲法にも保証された権利かもしれない。だが君は、まだ十四歳だった罪のない綿貫絵里香さんの権利を尊重するどころか、人間離れした残忍至極なやり方で蹂躙(じゅうりん)した。違うか──!? 違うなら違うと自分の口で否定してみろ──」

 

 この日の取調べは午前中だけで終わり、淳彦はどうにか黙秘に成功したが、内心ではパニック寸前だった。ボスの脅しは噓やはったりではなかったのだ。本当にこのまま黙秘を続けて平気なのか不安になった。

 いつものように川村弁護士が接見に来てくれたので相談しようと思ったが、この日は共同で弁護に当たるという田口(たぐち)という男の弁護士が一緒だった。吸い殻のDNAの話をすると、田口弁護士はいきなり、淳彦が噓をついているのではないかと問い詰めてきた。まるで取調官のような態度に淳彦は動揺し、うまく話せなくなってしまった。

 田口弁護士はさらに、川村弁護士がまだ新人で暴走していると彼女を非難し、これ以上黙秘を続けると最悪死刑になるかもしれないというようなことを淳彦に言った。川村弁護士とのあまりの違いに淳彦は混乱し、取調べでのショックとあいまって混乱に陥った。

次記事

前記事

里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

◎編集者コラム◎ 『ペダリング・ハイ』高千穂 遙
長岡弘樹『風間教場』