◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第7回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第7回
第一章──自白 02
いつもと変わらぬ家族との朝食。テレビではある未解決事件が特集されている。

「黙って座ってれば、朝ご飯を作ってもらえる状況って、めちゃくちゃありがたいし、ものすごいアドバンテージなんだから、そこできっちり、社会と渡り合うためにエネルギーチャージをしておくべし」

「あ……うん」志鶴は、毎朝家族全員に食事を支度してくれている母親を見た。「お味噌汁(みそしる)もらおっかな」

「ん」母親がにっこりする。「じゃあ自分でよそって」

 志鶴は席を立って、母親が作った味噌汁を椀(わん)に注いだ。

 三浦俊也から事務所を移るという話を打ち明けられた翌日の朝。いつもと変わらぬ家族とのやりとりに救われている自分がいる。弁護士として働き始めてからはきちんと家にお金を入れているが、それでも自分は恵まれている。

「……そういえば、まだ捕まってないのよねえ」

 味噌汁椀と共に志鶴がテーブルに戻ると、テレビを観(み)ながら食事をしていた母親が言った。

 朝のワイドショー。〈未解決 荒川女子中学生連続殺人事件の謎〉というテロップが画面の右上に固定されていた。

「これ、連続殺人事件って書いてあるけど、ほんとにそうかはまだわからないんじゃないか」

 父親が言う。

「えー、そうでしょう。だって、同じ場所で同じ中学二年生の女の子が──」

 そこで母親は、はっとした様子で口をつぐんだ。食事中に詳細を語って愉快な話ではない。

 半年前、足立区の荒川河川敷で女子中学生の死体が衣服をつけない状態で発見された。扼殺(やくさつ)されたとみられる遺体には漂白剤を撒(ま)かれた痕があった。少女と呼べる年代の被害者の遺体の状況に、世間の多くの人々が激しい憤りを感じたと思う。マスコミによる報道はそれを煽(あお)るように熱を帯びた。

 警察も威信を懸け、大規模な捜査態勢を敷いて臨んだが、捜査は長引くばかりで犯人逮捕には至っていない。そんな中、三週間ほど前に、同じ荒川の河川敷で、またしても女子中学生の死体が発見された。最初の発見現場との距離は、わずか五メートル。ほぼ同じ場所だったと言っていい。

 半年前の事件でのマスコミの報道は、世間の多くの人の関心や被害者への同情、犯行への義憤を反映してだろう、過熱したものだった。死体の発見場所は東京都の二十三区内で、被害者はまだ人間関係が限られる十四歳。防犯カメラ等から被疑者はすぐに捕まるのではないか。志鶴はそう思っていた。同じように考えていた人は少なくなかったのではないか。

 が、そうしたニュースが流れることはなく時間が経過し、マスコミがこの事件を報じる回数自体も減っていった。残酷な話だが、当事者や関係者にとってどんなに深刻な事件でも、それ以外の大多数にとってニュースとはただの消費財なのだ。志鶴自身、ほとんど思い出すことはなくなっていた。

 三週間前、半年前と同じ場所でまたも女子中学生の死体が発見されたというニュースは、半年前の事件との共鳴によってインパクトを倍増、あるいは相乗させている感があった。死体遺棄場所と被害者の属性が同じというだけで充分すぎるほど特異だが、一致していたのはそれだけではない。今度は何らかの凶器で刺し殺され、衣服は身につけたままの状態だったが、漂白剤が撒かれた痕がある点も同じだったのだ。

 たんなる遺棄にとどまらぬ遺体への毀損行為は犯人の冷酷さと事件の猟奇性を際立たせた。マスコミが事件を報じる時間と熱量は沸点に達したかのようだった。

 遺体について詳しくは報道されていないが、一件目の事件での発見状況から、同一犯が性的な目的で被害者たちを襲い、その帰結として殺したと考えている人は多いはずだ。そう公言するワイドショーのコメンテーターを何人も見た。職業柄なるべく予断を抱かないようにしている志鶴も、そのような印象を持っていた。

 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

◎編集者コラム◎ 『わが心のジェニファー』浅田次郎
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