◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第82回

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第五章──狼煙 07
公判の翌日。志鶴は事務所のパソコンにある検索ワードを打ち込む。

 

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  増山容疑者、無罪を主張 勾留理由開示公判で
 

 三月二十六日、女子中学生殺人・死体遺棄事件の疑いで勾留中の増山淳彦容疑者(44)が、東京地裁の法廷で開かれた勾留理由開示公判に出廷した。裁判官に意見の陳述を求められると、増山容疑者は「私は無実です」と、弁護人に渡された書面を読み上げ、嫌疑をかけられた犯行について「やっていません」と否定した。

 増山容疑者はこれまで警察に対し、女子中学生の殺人と死体遺棄を認める自白をしていたが、それを全面的に撤回したことになる。

 公判には増山容疑者の母親も出廷し、息子の無実を信じるという内容の意見を陳述した。母親は、増山容疑者が愛好する美少女アニメの主人公の一人を思わせる扮装(ふんそう)、いわゆるコスプレをしており、傍聴席から笑いが起こる一幕も。

 傍聴人の中には「弁護側の奇策は逆効果ではないか」という意見もあった。警察関係者は「引き続き粛々と捜査を進める」と語った。

   

 志鶴は新聞をテーブルの、新聞の山に置いた。

「おかしいな。取調官の暴言、暴力、虚偽自白の強要、ってどこに書いてありますかね?」

「それを報じている社はない」都築が言った。「だが、のろしは上がった」

 勾留理由開示期日の翌日。午後六時過ぎ。新橋にある都築の事務所の会議室。今日は二人での打ち合わせだ。

「増山さんはどうだった?」都築が訊ねた。

 増山の身柄は今日、足立南署から、小菅(こすげ)にある東京拘置所へと移送された。志鶴は先ほど接見してきたところだった。

「ほっとした様子でした。雑居房じゃなく独居房だったのもよかったみたいで。ただ、今日は取調べがなかったので、次に取調官に会うのが不安だとは言っていましたが」

 増山の供述を受け、足立南署には改めて、増山が取調官や留置官から受けた不当な扱いを指摘した抗議文を送ってあった。さらに勾留理由開示法廷の場で公にし、足立南署の警察官もそれを見聞きした以上、取調官も今後は横暴な振る舞いはできないはず。増山にはそう話して安心させた。

「警察も無茶はしてこないだろう」都築も同じ考えだった。

「もしまた何かされたら、すぐ話してもらうよう、増山さんにお願いしておきました」

 都築はうなずいた。

「検察は勾留期間を最大限に引き延ばすつもりだろう。そのために半年前の事件についても増山さんを再逮捕する。起訴はそれからだ。今するべきことは?」

「増山さんの供述録取書は作成済み。それ以外の証拠の収集と保全、ですね」

「そのとおり」都築はテーブルの上の書類を取って志鶴に差し出した。「現時点で押さえるべき証拠のリストを作った。データは送ってある。担当を決めてしまおう。田口先生に任せたいものは、あとで打診する」

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里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

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