◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第83回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第83回
第六章──目撃 01
遺体遺棄現場の周辺を歩き回る志鶴。被疑者に有利な証拠は見逃されがちだ。

 被害者である綿貫絵里香(わたぬきえりか)が通っていた星栄(せいえい)中学校から、荒川河川敷の死体遺棄現場まで、荒川を挟んで直線距離で約一キロ。中学校は川の南側にあり、遺棄現場は北側の河川敷だ。遺棄現場は、荒川にかかる二つの橋──西新井橋と千住新橋──の間に位置している。

 二月二十日、部活を終えて学校を出たまま行方不明になった彼女のその後の足取りはわかっていない。少なくとも報じられてはいない。

 中学校を中心に、半径二百メートル以内にある防犯カメラを見つけ、見せてもらうよう頼む。次に、遺体遺棄現場を中心に半径百メートル以内──背後は川なので、こちらは扇形の範囲となる──の防犯カメラを調べる。そう段取りを決めた。

 中学校を起点に、志鶴は西側、森元は東側へ。これまで志鶴は二十軒以上の商店やマンションに交渉したが、収穫はなかった。責任者と連絡がつかない数軒を除くと、一番多かった答えは「データは警察に渡した」、残りのケースは今しがたのコンビニ店長のように「すでに残っていない」というものだった。

 事件発生からひと月半が経(た)とうとしている。防犯カメラ映像のデータは一週間から一ヵ月程度で失われるのが普通だ。予期していたが、見込みは薄そうだった。続いて五軒を当たったところで、森元からスマホに着信があった。

『こっちはひとまず終わったよ。残念ながら、収穫はゼロ。そちらはどんな感じ?』

「駄目ですね。もうすぐ終わります。逸美さん、そろそろお昼にしませんか? どこかお店入っててください」

『了解』

 志鶴は残りの持ち分を回ったが、防犯カメラは見当たらなかった。

 森元が選んだファミレスでの昼食後、千住新橋で荒川の北側へ渡り、手分けして同じように調べた。民家が多いこちらは防犯カメラが少なく、一時間ほどで調査が終わった。やはり収穫はなかった。

「あとは、責任者と連絡がつかなかった六軒か」森元が言った。

「あまり期待できませんね」志鶴は言った。「防犯カメラ映像は、警察が収集したものを証拠開示請求するしかなさそうです」

「だね。現場、行く?」

 志鶴はうなずいた。

 この辺りの荒川北岸は、川に沿って片側二車線の道路──都道450号──がずっと東西に走っている。その上をなぞるように、首都高速中央環状線の高架がかかっていた。河川敷に行くには、どこかで都道450号を渡らなくてはならない。千住新橋と西新井橋の間には信号が四つある。志鶴と森元は、遺体遺棄現場に一番近い交差点で信号を待った。

 首都高の高架は都道に影を落とし、コンクリートの橋桁は川に近い二車線をまたぐ形で、広い中央分離帯と荒川の堤防に脚を下ろしている。都道の車通りは少なくない。

 バッグから小型のデジタルカメラを取り出し、周囲の様子を動画と静止画両方で撮影した。森元も自分のカメラで撮影する。

 信号が青になったので、横断歩道を渡った。突き当たりに、堤防へ上がるコンクリートの階段があった。階段を上ると目の前に眺望が開けた。堤防は道路に対してより川に対して高い。どんよりした曇り空の日だったが、対岸の堤防やその向こうの街並みまで見晴らすことができた。

(つづく)
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

今月のイチオシ本【デビュー小説】
知念実希人『十字架のカルテ』