◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第86回

増山が嘆くのも当然の起訴内容。それでも都築は接見室でにっこり笑った。
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アクリル板の向こうで、増山は顔を歪めた。
「何で自白してもない事件まで……許されんのかよ、こんなの」絞り出すような声だった。
志鶴と、増山の相弁護人で志鶴が師とも仰ぐ都築賢造(つづきけんぞう)は、東京拘置所の接見室にいた。
二人の手元には、増山の悲痛な嘆きを呼んだ書面がある。本日、五月一日付けの起訴状の謄本だ。記書きの前にはこう書かれている。
東京地方裁判所殿
東京地方検察庁 検察官 検事 岩切正剛
下記被告事件につき公訴を提起する。
増山の取調べをした東京地検刑事部の検察官・岩切正剛(いわきりせいごう)が東京地裁に提出、裁判所が被告人である増山に速やかに送達し、増山が目を通したものを、刑務官を通じて志鶴たちは受け取った。
記書きには、増山の本籍・住居(地)・職業・氏名・生年月日に続き、「公訴事実」と、さらに「罪名および罰条」が記されている。
公訴事実
被告人は、
第1 令和△年9月14日午後9時から午後10時頃、東京都足立区梅田 × 丁目・荒川河川敷において、浅見萌愛(当時14歳)に対し、殺意を持って両手で頸部(けいぶ)を圧迫し、よって、同人を気道閉鎖に基づく窒息により死亡させて殺害し
第2 前記のとおり殺害した同人の遺体を同所に遺棄し
第3 令和 × 年2月20日午後8時から9時頃、東京都足立区梅田 × 丁目・荒川河川敷において、綿貫絵里香(当時14歳)を強いて姦淫したのち、同所において同人に対し、殺意を持って、果物ナイフ(刃体の長さ約13センチメートル)でその右前腹部を3回突き刺し、よって、同人を右前腹部刺創に基づく失血により死亡させて殺害し
第4 前記のとおり殺害した同人の遺体を同所に遺棄したものである。
罪名及び罰条
第1 殺人 刑法199条
第2 死体遺棄 刑法190条
第3 殺人 刑法199条
第4 死体遺棄 刑法190条
綿貫絵里香について、増山は、取調官に強要され一度は殺人まで認める自白をしてしまった。が、その前の浅見萌愛の事件については、何も供述していない。にもかかわらず、志鶴たちが予想したとおり、検察は、綿貫絵里香の殺人容疑の勾留延長満期日に増山を浅見萌愛の死体遺棄及び殺人の容疑で再逮捕し、その勾留満期日である今日、二件について起訴したのだ。
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