◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第89回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第89回
第六章──目撃 07
おそるべき敵対手の出現──。テレビで増山を犯人扱いしたあの弁護士だ。


 さっきの永江などとは比較にならない。法曹でない大多数の人間は法理ではなく感情で動く。裁判員の心証への訴求力という点で、天宮ロラン翔子がおそるべき敵対手となるのは疑う余地がない。志鶴は、胃袋がぎゅっと縮むのを感じた。

「──ご用件はそれだけですか?」何とかそう言った。

『いいえ』天宮の声が太くなった。『増山の弁護人であるあなた方に打てる手は、戦略的に情状弁護しかない。であれば、セオリーとして、被害者遺族に対して示談金を提示してくるはず。ご存じかどうか知らないけど、あいにく綿貫絵里香さんのご家族はこの国のエスタブリッシュメント層。お金にはまったく不自由していない。私は示談交渉には一切応じるなとクライアントから厳命されている──いずれにせよそんな選択肢は考えていませんけどね、もちろん』

 そこで天宮は時間を空けた。まるでその空白を味わうかのように。志鶴はどうにか平静を保った。

『私の依頼人は、増山淳彦が地獄に落ちる、それだけを希求している。被告人はもちろん、あなたにも逃げ場はない。それを教えてあげたくて連絡しました──ジュヴザンプリ』

「え……?」

『フランス語で、「どういたしまして」。示談金交渉する手間を省いてくれた私に感謝してるんでしょう、川村先生?』

「むしろ被害者のご遺族に感謝したいですね──天宮先生を選んでくださって。業界のことを知らない人は、マスコミに露出の多いだけの御用弁護士が弁護士としても優秀なんだと勘違いしがちですから」

 すると、電話の向こうで天宮はころころと笑った。

『私のような女はね、川村先生。若い頃から同じ女の嫉妬にさらされ続けて、もはやそれが快感になってるくらい。本心を隠すのが下手ね。弁護士資格だけが取り得の女性として、それはまずいんじゃないかしら』

 ふたたび鼻で笑うと、天宮は電話を切った。

 受話器を置いた志鶴は、息を吐いた。

 負けられない。

(つづく)

連載第90回

 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

思い出の味 ◈ 加納朋子
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