◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第8回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第8回
第一章──自白 03
「こんなひどい犯人、殺されてもいいと思う」妹の杏の言葉に志鶴は……。

「弁護士はそれが仕事だからね」

 本当はまさしく、「こんな人」こそ手厚い弁護を受けなくてはいけないのだ。それが志鶴の信念だったが、突っ込んだ話は避けた。杏は不安そうに顔をゆがめ、懇願するようにこう言った。

「しづちゃんは、しないよね……?」

 とっさにどう答えるべきか思い迷って、志鶴は口ごもった。

 二件目の事件の死体遺棄の「容疑者」が自白したというニュースが放たれたのは、その数時間後のことだった。

 

「しっかし、世間の感覚ってわからないよね」

 芸能人の不倫を報じるワイドショーを眺めながら、森元逸美(もりもといつみ)が言った。

「犯罪でもなんでもないタレントの不倫が、まるで人でも殺したみたいに盛大にバッシングされるんだもんねえ。不倫なんてみんなやってるでしょうに」

 志鶴が勤務する弁護士事務所。二十人の弁護士が所属するオフィスにはいくつか会議室があり、依頼人との打ち合わせその他に使われている。志鶴と逸美は、空いている一つで、ランチをしていた。

 森元逸美は弁護士ではなく、その補助をする法律事務職員(パラリーガル)だ。四十歳前後だが、色白の肌がきれいなのと顔の造りのせいか年齢より若く見える。個性的なスパイラルパーマと赤いセルフレームの眼鏡がよく似合っていた。耳にはたいてい大きなピアスをつけている。

 入所したときから志鶴の補佐として、実務について不明な点は親切に指導してくれた。他に二人の弁護士を受け持っているが、どちらも男性だからか、志鶴には一番気安く接してくれる気がしている。志鶴としてもそれが不快ではない。彼女のあけすけな物言いの陰には、生来の優しさや人生経験に由来すると思われる気遣いが感じられた。

 逸美と志鶴は、お互いのタイミングが合うとランチを一緒にする仲になっている。弁当を買ってきて、テレビのある会議室で昼のワイドショーを流しながら食べることも多い。

 今日は彼女の方から誘ってきた。近くにキューバンサンドイッチをテイクアウトできる店がオープンしたので買ってくる、と言ってくれたのだ。彼女は、志鶴が今日、所属する弁護士会の当番弁護の担当日で、事務所に待機していることを知っている。志鶴は彼女の言葉に甘えることにして、お礼にドリンク代を負担した。

 久しぶりにまともに食べる食事としては重いかもしれないと思ったが、初めて食べるキューバンサンドはボリューミーながら、具材となっている豚肉などにジューシーな味わいがあり、食が進んだ。そんな自分を見て微笑(ほほえ)む逸美に気づき、落ち込んでいる自分を案じてくれていたことに思い至った。

「いや逸美さん、みんなはしてないでしょう、みんなは」

 志鶴と逸美は、お互いを下の名で呼び合っている。

「してるって。じゃなきゃ離婚弁護士なんて仕事存在してないでしょ。みんな結構稼いでそうじゃない? ある意味、不倫も日本の経済回してるのよ」

 彼女らしい、飛躍した論法に志鶴は噴き出しそうになってしまった。

 そのときだ。リズミカルな電子音が鳴り、

「ねえ、志鶴ちゃん」逸美が真顔になってテレビを目で示した。

 目を向けると〈ニュース速報〉というテロップが飛び込んできた。続いて、〈荒川女子中学生死体遺棄事件 近くに住む男を逮捕〉という文言。

  それまで二人で観ていたワイドショーの画面が、スタジオから報道局のフロアに切り替わった。

『──たった今入ってきたニュースです』

 手元の原稿を読む男性アナウンサーの声が、緊張をはらんでいる。

『先月の二十一日、東京都足立区の河川敷で、中学二年生の綿貫絵里香(わたぬきえりか)さんの遺体が見つかった事件で、警視庁は、近くに住む四十四歳の男を死体遺棄の疑いで逮捕しました──』

(つづく)
 
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

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