◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第9回

「容疑者」逮捕を伝えるニュース速報、そのとき志鶴にまさかの連絡が──!
画面が切り替わって、ヘリコプターからの空撮映像になった。荒川とおぼしき河川敷の上空。青い制服に帽子をかぶった警視庁の鑑識課員たちが、一部をブルーシートで覆い、さらに周辺をロープで囲った一帯を捜索する様子が映っている。遺体発見直後に撮られたニュース映像だろう。
そこにいくつかのテロップが表示された。〈東京都 足立区 午前十一時半ごろ〉〈逮捕(死体遺棄の疑い) 東京都足立区 増山淳彦容疑者(44)〉。
ナレーターの声がかぶさる。
『この事件は、先月の二十一日、東京都足立区の河川敷で、十九日の夜から行方がわからなくなっていた中学二年生の綿貫絵里香さんが遺体で見つかったものです──』
画面が切り替わって、被害者の写真と名前が映し出される。
『警視庁は、重要参考人の一人として、昨日から増山淳彦(ますやまあつひこ)容疑者に任意で事情を聴取していたところ、今日になって、死体遺棄について認める供述をしたということです──』
志鶴の目はテレビの画面に釘付(くぎづ)けになった。
ナレーターはそれから、事件についてこれまでに判明した──かつ、警察がマスコミに報道を許しているだろう──ことをおさらいし始めた。
「重要参考人」も「容疑者」もマスコミが大衆向けに作った用語で法曹の人間は口にしない。「重要参考人」から「容疑者」へと転じた人物の顔写真は出ていない。任意の事情聴取からの逮捕なので、被疑者が車で連行される映像もない。
志鶴は時計を確かめた。十二時四十五分。逮捕から一時間ちょっと。マスコミもまだ被疑者について、警察発表以上の情報を入手できずにいるのだ。被疑者がどこの警察署に勾留されているかも報道されていない。
画面がふたたびワイドショーのスタジオへ切り替わった。パーソナリティが速報を受けて番組を回すが、新たな情報が入る様子はない。
「志鶴ちゃん、あなた今日──」
森元逸美が言いかけたとき、テーブルに置いてあったスマホが振動した。志鶴が所属する弁護士会の刑事弁護委員会。志鶴はソースがついていた指を紙ナプキンで拭って電話に出た。
「川村です──」
相手の女性も名乗った。刑事弁護委員会の委員だった。
「委員会派遣制度による当番弁護士の出勤要請です」
どくん、と鼓動が跳ね上がった。
当番弁護士制度は、被疑者弁護の充実化のため、弁護士会が独自に運営している制度だ。よく混同されるが、国が弁護費用を負担する国選弁護とは異なり、弁護士会が手弁当で切り盛りしている。
所属弁護士会の当番弁護士名簿に登録すると担当日が割り当てられ、その日の当番として待機する。出勤するのは普通、被疑者、被告人、あるいはその家族などの依頼に応じてだ。だが、依頼がなくても、弁護士会が報道などから早期に弁護士を選任すべき重大事件と判断して弁護士を派遣する場合がある。それが、委員会派遣制度だ。
『配点表はFAXしておきますが、まずは口頭で』相手の声は落ち着いている。『被疑者の氏名は、増山淳彦。被疑罪名は、死体遺棄。所轄警察署及び身体拘束場所は共に足立南署──』
やはり、今報道されている事件だ。留置先まで押さえている弁護士会の対応の早さに驚く。スマホを握り締めていた。
「──了解しました。留置先に確認して、すぐ行きます!」考えるよりも早く言っていた。
『よろしくお願いします』
相手も無駄なことは一切口にせず、通話が終わった。立ち上がった志鶴は逸美を見る。彼女もこちらを見ていた。
「逸美さん、足立南署!」
「任せて」逸美が自分のスマホを手に取った。
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