◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第91回

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第六章──目撃 09
都築と田口を伴って志鶴は公判前整理手続へ。対峙した検察官たちは……。

 

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 書記官に教えられた会議室へ向かうと、前方の角から三人の人影が現れた。東京地裁の入った合同庁舎、刑事部のあるフロアだ。男性が二人、女性が一人。志鶴たちに気づき、立ち止まる。志鶴は都築賢造と田口司を伴っていた。

 一番長身の男性を志鶴は知っていた。世良義照(せらよしてる)。東京地検公判部に属する検察官。四十代、短髪で、さっそうとした印象を受ける外見と物腰の持ち主だ。志鶴が弁護人として依頼者である星野沙羅の無罪──正当防衛──を訴えたが、殺人の有罪判決が下された直近の裁判で、相手方公判検事のリーダー格だった。公判部ではエースと目されていると聞く。

「よくよく貧乏くじを引くのが好きらしいな」志鶴を見下ろし、世良は白い歯を見せて笑った。 

「よお、田口!」だみ声をあげたのは最年長に見えるもう一人の男性だった。背が低くがっちりした体つき。禁煙用らしきパイプを黄色い歯で嚙んでいた。「まさかまたお前とやり合う日が来るとはな。刑事からは手を引いたもんだと思ってたが」

 志鶴は田口を見た。いつもの酷薄な表情にかすかに亀裂が入り、メタルフレームの眼鏡のつるの下で青白いこめかみがぴくりと引きつった。

「──事務所案件だ」だがそっけない応答はふだんどおりに冷ややかだった。

「だろうな。大方この跳ねっ返りの姉ちゃんのお目付け役ってところか」志鶴を見る下卑たまなざしと物言いからは想像しづらいが、スーツのラペルに秋霜烈日バッジを留めているのを見るとこの男も検察官なのだろう。

 無言でにらみ返すと、男は「おー、こわ」とおどけ、三人目の一番若く見える女性に「おい青葉(あおば)、気合い負けすんなよ」と声をかけた。

「いや蟇目(ひきめ)さん何ですかそれ。『紅一点』みたいな発想が透けて見えるジェンダー観、すぐ精神論に走る非科学的な発想! これだから昭和生まれは──」

 青葉と呼ばれた女性はあきれたように眉をひそめた。

 やはりバッジをつけていたが、彼女も別の意味で検察官には見えなかった。明るい水色のジャケットに膝丈のフレアスカート、白いブラウスにはフリルがついている。栗色のマッシュルームカット、そばかすが目立つ顔にピンクのチーク、まつ毛にはくるんとパーマがかかっていた。

「上役に代わって失礼をお詫(わ)びします」彼女は志鶴に頭を下げた。声もしぐさもコケティッシュだ。「もちろん、公判では手加減しませんけどね。あっ私、東京地検公判部の青葉薫(かおる)です。初めまして、都築先生。私、先生の大ファンです。いつか法廷で先生をやっつけるのが夢で検察官になりました。まさかこんなに早くかなう日が来ちゃうとは」

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里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

◎編集者コラム◎ 『十津川警部 高山本線の秘密』西村京太郎
◎編集者コラム◎ 『ボンベイ、マラバー・ヒルの未亡人たち』著/スジャータ・マッシー 訳/林 香織