◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第91回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第91回
第六章──目撃 09
都築と田口を伴って志鶴は公判前整理手続へ。対峙した検察官たちは……。

 きらきらした笑顔を向けられた都築は、「それは光栄だね。あいにくその夢はかなえてあげられそうにないが」と穏やかに応じた。

 一瞬、三人の弁護士と三人の検察官が無言でにらみ合った。と、誰ともなく動き出し、六人がそろってドアへ向かった。

 会議室にはすでに三人の裁判官と書記官たちが、コの字型に配置されたデスクの左右を見渡す辺に並んで座っていた。弁護団と検察官は向き合う位置に着席する。

 公判前整理手続も公判と同様、裁判所と当事者などの訴訟関係者が予定された行為を実施することを期日と呼ぶ。今日がその第一回だ。

「では始めます」三人の真ん中に座っていた裁判官が告げた。

 能城武満(のしろたけみつ)。東京地裁十一刑事部総括判事。今回の公判では裁判長を務める。

 ──裁判官の当たりはずれで言えば、最悪のカードを引いてしまったと言えるかもしれない。

 裁判長の名を知ったとき、都築は志鶴にそう話した。五十四歳になる能城は東京大学法学部卒。在学中に司法試験に合格し、最高裁調査官を務めた経験を持つ、いわゆるエリート裁判官だ。法務省の刑事局付だった経歴を持つためか、検察と一体化しているかのような訴訟指揮や判決が目立つという。都築は過去に一度、能城が裁判長を務める公判で弁護人となったが、有罪判決を下されたそうだ。

 目の前の能城は、座っていてもそれとわかる長身痩軀(そうく)で総白髪、猛禽類(もうきんるい)のくちばしを思わせる特徴的な鼻に小さな眼鏡をかけ、その奥から半眼の視線を中空に向けた、人間味を感じさせない男だった。

「弁護人」能城が都築に視線を向けた。「どのような主張を予定していますか」

「そんなの今答えられるわけがない」都築がぞんざいにつっぱねた。「われわれは、検察官がどんな証拠を根拠に増山さんを起訴したか、わからない。裁判とは何ですか? 証拠を争う場だ。証拠も見ないで主張など決められるはずないでしょう」

「あなた方、捜査段階から被告人の弁護をしていましたよね。勾留理由開示期日で、被告人に自白は強制されたものだったと証言させている。公判でも当然そう主張するんじゃないんですか」

「それをこの場で言うつもりはないと言ってるんだよ」

 のっけから喧嘩腰の都築に、能城の左右に座る男女の陪席裁判官や書記官たちは驚いているようだった。が、能城の表情は変わらなかった。

「そういう非協力的な弁護姿勢が被告人のためになると?」顎を上げ都築を見下ろすように言った。

「聞き捨てならんね。今のはどういう意味かな。裁判長のありがたいお言葉に弁護人が従わないなら被告人を有罪にするぞ。そう脅しているとしか解釈できないが」

 くすっ──噴き出したのは青葉薫だった。視線が集まったのに気づくと「あ、失礼しました。続けてください」と破顔したまま言った。それを見た蟇目がパイプをくわえたままにたにたした。

(つづく)
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

◎編集者コラム◎ 『十津川警部 高山本線の秘密』西村京太郎
◎編集者コラム◎ 『ボンベイ、マラバー・ヒルの未亡人たち』著/スジャータ・マッシー 訳/林 香織