◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第92回

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第六章──目撃 10
「いい加減にしろよ!」裁判長の能城に対して、都築は声を荒らげる。

「刑事訴訟法316条の3第1項──」能城が言った。「〝裁判所は、充実した公判の審理を継続的、計画的かつ迅速に行うことができるよう、公判前整理手続において、十分な準備が行われるようにするとともに、できる限り早期にこれを終結させるように努めなければならない〟。同第2項──〝訴訟関係人は、充実した公判の審理を継続的、計画的かつ迅速に行うことができるよう、公判前整理手続において、相互に協力するとともに、その実施に関し、裁判所に進んで協力しなければならない〟。弁護人には裁判所に進んで協力する法的義務がある」

「条文のどこに、公判前整理手続の打合せ期日で弁護人が予定主張を開示するべきだと書いてあるのかね? 刑訴法316条の17第1項──〝被告人又は弁護人は、第316条の13第1項の書面の送付を受け、かつ、第316条の14第1項並びに第316条の15第1項及び第2項の規定による開示をすべき証拠の開示を受けた場合において、その証明予定事実その他の公判期日においてすることを予定している事実上及び法律上の主張があるときは、裁判所及び検察官に対し、これを明らかにしなければならない〟。弁護側に予定主張の開示義務が生じるのは検察官から証拠開示を受けたあと、はっきりそうある!」

「刑事訴訟法316条の2第1項──〝裁判所は、充実した公判の審理を継続的、計画的かつ迅速に行うため必要があると認めるときは、検察官、被告人若(も)しくは弁護人の請求により又は職種で、第一回公判期日前に、決定で、事件の争点及び証拠を整理するための公判準備として、事件を公判前整理手続に付することができる〟。公判前整理手続は、公判期日を計画的かつ迅速に行うために設けられた。裁判所に対する非協力的な態度は被告人の迅速な裁判を受ける権利を侵害する。裁判員裁判では裁判員への負担を軽くするという目的もある。そのための争点整理として質問している。弁護人、起訴状に対してはいかなる認否か?」

「あんたもしつこいな!」都築が怒鳴った。「答える気はないと何度言わせる気だ。私の依頼人の迅速な裁判を受ける権利を侵害してるのは、あんたの方じゃないか」

 陪席裁判官と書記官たちが明らかに萎縮していた。蟇目は相変わらずにたにたし、青葉はまた今にも噴き出しそうな顔だ。世良は、自分とは無関係と言わんばかりに超然としていた。

「では、公訴事実を争わないと?」能城が言った。

「いい加減にしろよ!」都築がさえぎるように吠(ほ)えた。「証拠を見ないうちは何も言うつもりはない。何度もそう言ってるだろう」

「ですよねえ」と青葉が口を挟んで手を挙げた。「裁判長、発言いいですか?」

 能城はしばらく青葉を黙って見つめていたが「どうぞ」と答えた。

「都築さんのおっしゃること、もっともだと思うんです。で、提案なんですが。どんな証拠が開示されたら主張されるのか教えてもらえません? そしたら検察が任意開示しますので」

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里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

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