◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第96回

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第六章──目撃 14
志鶴は考える。弁護士の最大の目標──依頼人の無罪を勝ち取るために。

 

 みくるに往復の電車賃に足りるだけの金を渡して秋葉原の駅まで送ると、志鶴は事務所に戻った。志鶴に物問いたげな顔を向けた森元に歩み寄る。

「あの子、河川敷にいた三人のうちの一人よね?」興味津々という顔だ。

「ええ」フルネームは後藤(ごとう)みくる。連絡先は交換済みだ。「お菓子、瞬殺でした。ありがとうございます」

 森元は赤いフレームの眼鏡の奥の目をすぼめ、「わかった。何も訊かない」と両手を挙げ、唇を嚙んだ。「これほど守秘義務がうらめしいことはないわあ」

 

 自分のデスクにリーガルパッドを開いてペンを取った。みくるの話を整理する。

 

 ①浅見萌愛の家庭はシングルマザーの貧困家庭。母親はスーパーでパートをしており借金がある(※被害者参加弁護士の永江は「筋のよくない借金」と表現。ヤミ金?)。

 ②萌愛は母親を助けようとして援助交際に手を染めた。SNSで知り合った「トキオ」という男と性交渉したが、約束した金はもらえなかった。トキオは逆に、性交渉の様子を撮影した動画をネタに萌愛をゆすり、さらに二回性交渉を強いた。

 ③萌愛はその時点で、親友の後藤みくるに相談。みくるは友人、母親、警察に相談することを勧めたが、萌愛はいずれも拒否。みくるは最後に、トキオからの脅しを無視し、もしまた脅してきた際には、逆に、淫行で警察に訴えるとほのめかすよう助言。萌愛は納得した。

 ④しかしその夜、みくるは萌愛と連絡がつかなくなる。翌日、萌愛は遺体となって発見された(昨年九月十五日)。

 ⑤トキオという人物に関する情報:サーファー。手首に模様のタトゥー。髪型は「チョンマゲ」(ポニーテール?)。大きな車に乗っている。車には「仕事の道具」らしきものを積んでいる(職人系?)。インスタブックとLINEのアカウントあり。千葉在住の可能性が高い(※虚偽の可能性も)。車のナンバーの地名は難読漢字(?)。

 

 ペンを置いてパソコンを起ち上げる。千葉県のナンバープレートの地名は「千葉」「成田」「習志野(ならしの)」「市川」「船橋」「袖ヶ浦(そでがうら)」「市原」「野田」「柏(かしわ)」「松戸」の十種類。「習志野」「袖ヶ浦」辺りは知らないと読めないかもしれない。

 インスタブックのアカウントで「トキオ」を検索すると、膨大な数が並んでいた。あとで改めてチェックすることにしたが、ここで都合よくそれらしきアカウントを特定できるという気はしなかった。匿名で登録できるインスタブックでは簡単に複数のアカウントを作ることができるし、名前やIDの変更も可能だ。トキオがもし浅見萌愛を殺した真犯人なら、足がつきかねないアカウントを萌愛の殺害後も放置しているとは思えなかった。

 考える。

 弁護士は警察官でも探偵でもない。事件の真相を追及したり真犯人を突き止めるのが仕事ではない。依頼人の無罪を勝ち取るのが最大の目標だ。みくるには萌愛の秘密を守ると約束したが、そのために必要なら弁護側証人になってもらうようみくるを説得することも視野に入る。もし彼女が応じてくれたら、検察側の主張を突き崩す強力な反証となるだろう。

 だが──却下だ。

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里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

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