◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第98回

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第六章──目撃 16
映像を停めた志鶴。増山の後方に映るものを確かめて向かった先は──。

 確認したかったのは増山ではない。増山とスクーターの二メートルほど後方に、目当てのものがはっきり見えた。フェンスに寄せる形で停まっている白いバンだ。フロントウィンドウの向こうが銀色に光っているのは、日よけのシェードだろう。運転席も助手席も見えなかった。こちらから見える側のサイドウィンドウはスモークガラスなのか、やはり中の様子はうかがえない。ナンバープレートは、フェンス下部のブロックに隠れて見えない位置にあった。

 志鶴は思わず唇を嚙んでいた。

 映像の再生を開始する。

『フェンスの外に立っているこの人物が増山容疑者であり、捜査員が確認したところ、増山容疑者本人も認めているということです』

 増山が、喫い終えた煙草の吸い殻を無造作に道路に捨てるのを見たとき、志鶴は声を出しそうになった。そこでビデオカメラ映像が終わり、それ以上試合を記録した映像が流れることはなかった。

 他の番組録画もチェックしたが、その試合についての映像はどれもこのニュースのものと変わりなかった。

 メモするまでもなく記憶に刻んだ。検察が証拠請求したのはこの映像だろう。もし今のように短く編集されたものなら、その前後も含まれたものを必ず証拠請求する。そこであることに気づき、もう一度ニュース中の試合映像を再生した。やはり白いバンのナンバーは見えない。が、車のフロント部分のエンブレムは、メッシュフェンスごしにも何とか確認できる。銀色の横に長い楕円形(だえんけい)──その中にTの字に組まれたやはり二つの楕円。

 トミタだ。

 静止画面をキャプチャしてからブラウザを起(た)ち上げ、トミタの公式ウェブサイトへ飛んだ。他にも中古車販売会社のサイトなども確認して、白いバンの車種はネオエースのどれかだと見当がついた。車には詳しくないので、それ以上の詳細はわからない。

 志鶴はもう一度試合の映像を再生し、それをスマホのカメラで録画した。森元が用意してくれたもう一部の証明予定事実記載書と証拠等関係カードをバッグに入れ、上着を着て事務所を出、小菅にある東京拘置所へ向かった。

 

 接見室のアクリル板の向こうで、増山は落ち着いているように見えた。

 母親の文子への接見禁止命令は解かれていないが、唯一の肉親である彼女に会えないことでパニックに陥るようなことはなくなっていた。増山がいるのは複数の被告人がいる雑居房ではなく独居房だ。孤独で精神的に参ってしまう人間もいるが、もともと交友関係が少なく、アニメなどを好む内向的な性格だからか、増山はむしろ一人の方が快適だと語っていた。

 志鶴はまず、刑務官を通じて差し入れてもらった二つの書類について、アクリル板ごしに増山に詳しく説明した。増山は静かに説明を聞き、疑問があれば志鶴に訊ねた。志鶴は、こちらが予期していなかったいくつかの証拠について、身に覚えがあるか増山に確認した。増山はいずれも覚えがなかった。これまでも話していたが、今後の見通しについて話したあと、志鶴はもう一つの本題を切り出した。

「増山さん。今の段階になって何だよ、と思うかもしれませんが、検察の証拠を調べていて、ちょっと気になったことがあったんですが、確認していいですか?」

「確認て……?」

「綿貫絵里香さんが出場した、星栄中学校のソフトボールの試合のことです」

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里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

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