◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第99回

千葉県いすみ市の自宅。鴇田音嗣はその日テラスで客たちをもてなしていた。
断章──鴇田
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ほのかに潮の香を含んでいるがべたつかない風が、アメリカンカントリー調に植栽された庭の木々の葉をさらさらと鳴らす。日差しは柔らかで、ゆったりした麻のロングシャツを素肌に着るのに完璧な陽気だ。
「そちらのカタログにも書いてありますが、このウッドペレットグリルは幅約二メートル、重さ約八十キロ。メーカーでも最大のサイズになります」
鴇田音嗣(ときたおとつぐ)は、白茶けたレンガ敷きのテラスで黒く巨大なアウトドア用のバーベキューグリルを示した。千葉県いすみ市の自宅。本業はガーデンデザイナーだが、今日はホームパーティを兼ねてこのグリルをプレゼンする。本業とも無縁ではないし金はいくらあってもいい。
「ごついっすねえ」曲げた指の背でこんこん、とほぼ円筒形のグリル部分の蓋を叩(たた)いたのは見込み客の一人、菱折(ひしおり)だった。「鋳鉄、分厚っ! 俺ら持ってるのみんなおもちゃじゃん。さすがUSA、パねえわ」
真っ黒に日焼けし、金髪をベリーショートのツーブロックにしてサングラスをかけた菱折は総合格闘技の格闘家だ。自身のジムの他、焼肉店のチェーンを経営する事業家でもある。
オヤジ向けでないちょいワル系ファッション誌の読者モデルも務めており、今日は撮影現場から直接来たからか、体にぴったりした淡い緑のジャケット、ベスト、パンツのスリーピースにノータイの白シャツ、素足に革のスリッポンという恰好(かっこう)でポルシェ・カイエンから降り立った。
菱折を鴇田に紹介したのは、釣ヶ崎(つりがさき)海岸の通称志田下(しだした)ポイントをホームブレイクにして育ったロコサーファー仲間だ。三十七歳の鴇田より五つ年下の後輩で、地元で父親から継いだ工務店を経営し、やはり仲間の建築家と組んで、波を求めて千葉県いすみ市に移住してくるサーファーのためにガレージハウスを新築したりリノベーションしたりする仕事を多く請け負っている。数年前から菱折のジムに通っていた。
「機関車みたいな迫力だな。それだけ重いと据え置いて使う感じですかね?」見込み客の二人目、花観月(はなみづき)が訊(たず)ねた。白いロングシャツに黒いコットンパンツ、素足にスニーカー。一流のファッションモデルや人気芸能人を顧客に持つスタイリストだ。一年前都内のマンションから葉山に移り住んだ彼の庭を鴇田がデザイン・施工して以来、親しくしている。
「このホイール、でかい方は直径十八センチあります」鴇田はグリルの四隅に取り付けられた、シリコンで覆われた大小二組の鋳鉄の車輪を指さした。「使うときはもちろんロックしますが、伊達(だて)についてるわけじゃない。大人一人でも移動できます。ただし、土の上では無理。しっかりした床材の上という条件で」
「うちのウッドデッキでも?」
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