◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第99回

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第99回
断章──鴇田 01
千葉県いすみ市の自宅。鴇田音嗣はその日テラスで客たちをもてなしていた。

「問題ないでしょう。実際は、動かすのが面倒になって結果据え置きになるかもしれませんが。てか俺はそうなってますね」

 菱折と花観月が笑った。

「カタログを見ると、どれも電圧百二十ボルトってありますが、二百ボルトの配線を引き込まないと駄目なんですか。オール電化のIHクッキングヒーターを入れたとき、そうしたんですが」と言ったのは三人目の見込み客、漆野(うるしの)だ。この場にいる男の中では最年長。医療系コンサルティング会社を起業・経営している。青い七分丈のサマーセーターの下に白いTシャツという休日スタイルだ。

「その必要はありません」鴇田は答えた。「これを見てください」グリルの背面に回り込む。三人も続いた。グリルからテラスに面した外壁の屋外用コンセントへと黒い被膜のケーブル線が通じている。「屋外用コンセントにつけているのは変圧器です。あのコンセントには日本の通常の規格である百ボルトが配線されている。変圧器さえかませばご家庭の電源で問題なく使えます」

「アメリカ製品だからそうなのかなと思ったんですが、これだけパワーのありそうなツールだから、ひょっとしてそのままでは使えないのかと。また工事しなくてすむのはありがたい」

「電気が必要なのは着火用のイグニッション、庫内の温度を調整するファン、それからタイマーや温度計・センサーなどの電子機器です。IHクッキングヒーターと違い、電力で加熱するわけではありません」

 鴇田と三人はグリルの前に戻った。

「グリルは大きく二つの部分に分かれています。ドラム缶を横にしたようなこの部分がいわゆるグリル部分」鴇田は下の取っ手をつかんでかまぼこ型の蓋を開いてロックした。二段になった鋳鉄製の網が現れる。おおっ、と菱折が声をあげた。

「ナイスなリアクション感謝です。鋳鉄の網が二段置けて、下の段は奥行き六十センチ弱。上の網は外せるのでかなりでかい肉でも焼ける」

「爆アゲっすね」菱折が口笛を吹いた。

「これマジ? 笑っちゃうんだけど」花観月が破顔した。「ちょ、来てごらん」

 テラスに二卓置かれた大きなアンティークテーブルを囲んで女たちが座っている。花観月は自分の妻を手招きした。

 ショートボブに丸眼鏡、ゆったりしたグレーのシャツワンピース姿の彼女は、ペリエのグラスをテーブルに残し、立ち上がってこちらへ来た。

「わあ、大きい。仔豚(こぶた)の丸焼きできそうじゃない? 広東(カントン)式の」目をきらきらさせた。

「ママも見てみない?」漆野が自分の妻を呼んだ。

 シードルを飲んでいた彼女も席を立った。鮮やかなオレンジの膝丈ノースリーブワンピースにストラップパンプス。結婚前はCAをしていた。十八の娘がいるとは思えない若々しさだ。

「くらら、あなたもどう?」隣に座っていた娘に声をかける。

 立ち上がったくららは、腰にリボンがついたピンクの花柄のカクテルドレスにピンヒールのサンダル。胸にかかる毛先は巻いている。自分の若さと美に絶対の自信を持っているのが態度に表れていた。

(つづく)
里見 蘭(さとみ・らん)

1969年東京都生まれ。早稲田大学卒業。2004年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。08年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。主な著書は、『さよなら、ベイビー』『ミリオンセラーガール』『ギャラリスト』『大神兄弟探偵社』『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』など。

特別インタビュー まさきとしかさん『あの日、君は何をした』を語る
◎編集者コラム◎ 『DASPA 吉良大介』榎本憲男