第1回「上流階級 富久丸百貨店外商部 其の三」高殿 円

上流階級3

天下の富久丸百貨店芦屋川店の
外商員・鮫島静緒が帰ってきた!
ファン待望のヒット作続編、スタートです。

 

 美容整形外科に来た。

 芦屋にある、待合室はすべて個室、そこにある椅子もすべて猫足という、ある意味ブランディングのしっかりしたオール自費診療クリニックである。

「こちらがバッカルファットですね」

 タブレットで見せられたのは、白子のような大きさの、ぶよっとしたベージュ色の肉塊。

「ええと、これ、が、頰骨の下にある、んですか?」

「そうです」

「私の顔にもですか?」

「そうです。だからこれを除去すると必然的に顔が小さくなるんですね」

 目の前の、白衣を着た医師が、もう百万回は説明したといわんばかりのよどみない口調で笑う。

「で、どうされます?」

 二十分ほどのカウンセリングのあと、細かく指定された料金表を提示される。鮫島静緒(さめじましずお)は黙ったまま石のように硬直するしかなかった。

 

「へええ! それで、鮫島さん、バッカルファットとったんですか?」

 下階の広い吹き抜けリビングで、黒いでこぼこのある細長いタイヤのような筒に背中をこすりつけながら、同居人の桝家修平(ますやしゅうへい)が言った。

 芦屋の浜と海を見下ろす山の手のマンション。どう見つもっても一部屋一億はくだらない中層の、しかも広々とした最上階に位置するメゾネットは、静緒の暮らす五階と、桝家の暮らす四階部分あわせて百二十平米以上ある。寝室四つ、クローゼット三つ、バスルーム二つジャグジー付き、シャワールーム別、キッチン二つ、そして六甲山を背に海を見下ろすバルコニー。もともと高台に建っているので、一階であっても目の前は展望がきき、マンションの高層階気分を味わえる設計になっている。いわんや最上階をや。

 静緒はこの部屋で、もう二年近く彼と同居をしている。はじめは不意打ちとなし崩しで始まった生活だったが、部屋の持ち主が元上司の葉鳥(はとり)であったことが判明し、その後いろいろあって桝家の母親に売却されてからも、持ち主からのそのままでいいという言葉に甘えて、だらだらと住み続けてしまっていた。

「まさか、手術なんてそんな恐いことしないよ!」

 上のキッチンで静緒が野菜をオーブンで焼き、下のキッチンで桝家がお取り寄せしてそのまま温めた豆腐チゲを用意している。金曜日の夜の、なんとなくの打ち上げのようないつもの飲みの会だ。

「えー、じゃあなんで美容整形になんて行ったんですか」

「いや、それがだからさー。お客さんの要望で」

 オリーブオイルと塩こしょうだけで仕上げた野菜のオーブン焼きと、ほんの少しバルサミコ酢を加えたにんじんのマリネ。これらに、職場である富久丸(ふくまる)百貨店芦屋川店の地下で仕入れたアンチョビバターを添えて、あとは生ハムとあつあつの豆腐チゲ。そろそろ代謝の落ちてきたアラフォーとアラサーの、カーボ配慮めしである。

「お客さん?」

「うん。美容整形に興味あるけど、恐いから、話聞いてきてって言われて」

「それで行ったんですか。話だけ聞きに?」

「いや、それがね」

 十一月の山芦屋はそろそろ六甲おろしが吹き下ろす。なのに、二人ともラフなスエット姿でいられるのは、ありがたい全部屋空調のおかげである。それでも朝の外気は冷蔵庫のような寒さだから、今日のチゲはおいしいだろう。

 下の階のリビングにそれぞれおかずを持ちよって、今日は最初から赤ワイン。秋半ばはなにせ七五三というイベントがあり、外商で高価な着物を揃えていただくことも多いから、呉服と外商は無事その日が終わるまで、根気よくスマホを握りしめていなければならない。まれではあるが、用意した着物が入らない、思っていたようなものじゃないと土壇場で言い出すお客さんもいるし、この時期だから頼んでいたヘアメイクさんがインフルエンザ、なんてこともある。

 今日は二人とも、無事七五三を乗り切ってお疲れ様でした会なのだ。

「前にもそのお客さんの代理で、受けたことある」

「えっ」

 桝家はワインを注いでいた手を止めた。グラスにボトルの注ぎ口が当たってベルが鳴るようないい音がする。バカラだ。

「上流階級 富久丸百貨店外商部 其の三」連載アーカイヴ


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高殿 円(たかどの・まどか)
神戸市生まれ。2000年に『マグダミリア三つの星』で第4回角川学園小説大賞奨励賞を受賞しデビュー。『トッカン―特別国税徴収官』『上流階級』はドラマ化され話題に。ほか『政略結婚』など著書多数。
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