第10回「上流階級 富久丸百貨店外商部 其の三」高殿 円

上流階級その3

静緒は、顧客の一人、
人気クリエイターのNIMAさんと、
再び弁護士事務所に乗り込んだ。

「そういえば、私がもっと若い頃は、いまより音楽番組がもっとたくさんあった気がします。いつのまにかなくなりましたけど」

 CDの売り上げがミリオンセールスを記録することもなくなり、皆 youtube で音楽を聴くようになった。テレビは年々視聴層の年齢があがり、若者は芸能人ではなく youtuber に憧れと好感をもつ。広告と宣伝のメインであったテレビCMは徐々に影響力が薄れ、数十万数百万のフォロワーを持つインスタグラマーのあげるたった一枚の写真のほうが販売力があることも少なくない。

 NIMAさんも、新時代のクリエイターの一人だ。会社に属さず、ツイッターといくつかのSNSだけで作品を発表し続けている。そして、彼女が描くキャラクターが商品になり、ロイヤリティが収入になる。

 思えばあれだけのフォロワーと顧客を持つ彼女が、いままで会社も作らず、顧問弁護士もおかずにフリーランスとしてやってきたことが不思議でならない。

「信じられない。私が描いたキャラクターやお話しまで、都合が悪くなったら自分たちのモノだって言い張って盗むなんて。どうしてそんな主張ができるのか、理解できない。だって、私のパソコンには、古いタイムスタンプのままの下書きや、ラフや、色違いバージョンがたくさん残ってるんだよ。私がペンタブで描いた。まちがいないの。なのに、なんで?」

 運転しながら、彼女がぽろぽろと泣き出したので、静緒はぎょっとした。

「あの……、運転代わりましょうか?」

「ううん、いいの大丈夫。前はちゃんと見えてる。泣きながら高速をかっとばすなんて、埼玉にいたときはいつもやってた。そのままかっとばしすぎて、関西まで来ちゃったんだよ」  

 スン、と鼻をすすりあげて、NIMAさんはミニクーパーを加速する。

「なんなんだ、ぜんぜん意味がわからない」

「ですね……」

 弁護士事務所に駆け込んだところ、担当の先生方がすぐ出て来て対応してくれた。NIMAさんの目が赤いので、事務員の女性が心配そうにこちらを見ている。

「どうしてこんなことになるのか、理解不能です」 

 NIMAさんの主張に、先生方はうんうんと小さく頷きながら、

「争点が変わってきていますね」

「というと」

「B&Bプロモーションは、社員の名誉毀損行為は認め、詫び金は払ってもいい。ただし個人が業務時間外に勝手にやったことであり、我が社に法的責任はないと言っています。詫(わ)び金は道義的責任より支払うとの主張です」

「むこうの意図がよくわかりません。法的責任と道義的責任ってどう違うんですか?」

「この場合、どのみち非を認めているわけですから、法的であるか道義的であるか、こちらがこだわる必要はないと思います」

「じゃあ、なんであくまで道義的責任にこだわるんでしょう」

「あー、それは、向こうの弁護士にも立場はあるので」

 NIMAさんはまだいぶかしげだったが、横で聞いていた静緒にはすぐにわかった。つまり、一方的に先方の会社が悪い場合でも、会社の顧問弁護士としては少しでも非をやわらげ(たとえ文章上の字面の問題であっても)、仕事をした感をださねばならない。そうしないと会社のほうから、顧問弁護士としての能力を疑われてしまう。

「向こうの弁護士としては、B&Bプロはクライアントですから、クライアントに『私が交渉したおかげでこのラインは守りましたよ』と主張するポイントが欲しいところですよね。そういうことでしょうか?」

 静緒の解説で、ようやくNIMAさんは合点がいったという顔をした。

「そういうことですね」

「そういうことです」

 ボス先生と若先生がかわがるがわる頷く。

「言葉尻の問題なので、こちらはこだわる必要はないと考えられます。問題なのは、向こうが、お金を払うことによって名誉毀損問題を終わらせ、争点を著作権の問題にすりかえようとしていることです」

「どうして、私が描いたものを、自分たちが作ったと言い出したんですか? この前までそんなこと一言も言ってなかったじゃないですか」

「おそらく、NIMAさんが、契約を切ると言いだしたので慌てたのでしょう」

 若先生が改めて、NIMAさんとB&Bプロの間に契約書が交わされていないことを確認し、NIMAさんは否定した。

「大昔に、向こうがたしかに契約書のひな形を送ってきたことがありました。ただ、それは素人目にも、すべての権利はB&Bプロにあるというひどいものでした。ありえないのでサインしないとメールしたら、その後特に契約書についての返事はありませんでした。数年前の話なのでよく覚えていないんですけど……」

「まあ、そのような契約書があったら、とうのむかしに先方が提示してきていますから、ないんだと思いますよ」

「そうでしょうか……。じゃあどうして、ここまではっきりと強気に、自分たちのものだって言えるんでしょう。それとも著作権は、私にはないんですか?」

「著作権は、NIMAさんにあります。それは間違いないです」

 いままでどちらかというとソフトな口調で対応していたボス先生が、そのときはきっぱりと言い放った。

「上流階級 富久丸百貨店外商部 其の三」連載アーカイヴ


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高殿 円(たかどの・まどか)
神戸市生まれ。2000年に『マグダミリア三つの星』で第4回角川学園小説大賞奨励賞を受賞しデビュー。『トッカン―特別国税徴収官』『上流階級』はドラマ化され話題に。ほか『政略結婚』など著書多数。
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