第12回「上流階級 富久丸百貨店外商部 其の三」高殿 円

上流階級 第12回

久しぶりに実家に帰ると、
見慣れない薬が。
母の眞子が胃がんになったという。

「あんたが店で働いてるところ、よくこっそり見に行ったけど、お客さんにぺこぺこしてるのよう見たわ」

「いやあ、それはまあ、こういう仕事だったらさ」

「お母さんもスーパーでよくぺこぺこするけど、それはおかあさんやからええねんけど。ま外商なんでしょ。お金持ちのお客さん、いろんな人おりはるでしょ」

「お金持ちじゃなくても、いろんな人がいはるよ」

 実際、大した買い物をしない客に限ってクレームが強めな傾向はある。最近は店側もブラックリストの管理は徹底していて、すぐに法務と連携し、内容証明を出して来店拒否をすることもある。

 徐々に、お客様は神様ではなくなってきているのはよいことだ。そこで働き、クレーム対応するスタッフのメンタルは無限ではない。

「どこの仕事でも、事務でもぺこぺこはするよ。お客さんか、上司か違うだけ」

「せやけど、君ちゃんの店で働いてたときは、あんたはそんなことなかったよ」

 ローベルジュのオーナー、雨傘君斗のことを、眞子は君ちゃんと呼ぶ。彼が実家のパン屋を年商十億の洋菓子メーカーに成長させてからも、小さい頃から通っていたパン屋の息子という認識なのだ。

 静緒にとっては、君斗はローベルジュをいっしょに立ち上げた仲間であり、最初の就職先のオーナーであり、気の置けない友人だ。なにより小学校の登校班の班長さんというイメージがいまだに強い。

「幼なじみなんだから、それは特殊やん」

「ずっといっしょにやってたらよかったのに。ローベルジュの半分ぐらいはあんたが作ったんやから、いまもいっしょにやってたら、働かんでもよかったのに」

「そんなことないって。ローベルジュが大きくなったのは、君斗が実家を説得して工場を建てたからやで。借金したのは君斗やねんから。私はただの従業員」

 ローベルジュが急成長するにしたがって、会社の役員には君斗の両親や兄弟が名を連ねるようになった。そんな中で、創立メンバーだからといって役員になるのはだいぶ気が引けたのだ。だから、思い切って富久丸に転職した。

 そのあたりの微妙な事情については、静緒は母に説明していない。雨傘家とはむかしからのつきあいであり、母の交流関係を自分の仕事で壊したくはなかった。

 それでも、母が外商で働く自分のことをこんなに心配していたとは思っていなかった。正社員になり、出戻りとはいえ一度は結婚し、いまは芦屋の豪邸に住んでいる。健康で大病を患ったこともない。もっと安心してくれていると勝手に思い込んでいたのだ。

「お母さんは、私がキャリアアップしたほうがええと思う?」

 お白湯をゆっくりゆっくり飲みながら、眞子はさも当然とばかりに、

「そりゃあ、あんたもええ歳やもん。もう何回も転職なんてできへんでしょ」

「そっか。そうやね」

「ばーっと稼いで、ちょっと仕事休んで、そういう働き方できるってお母さんテレビで見たよ。能力があれば、ちゃんと結果を出していれば、人材は足りてないねんから」

「上流階級 富久丸百貨店外商部 其の三」連載アーカイヴ


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高殿 円(たかどの・まどか)
神戸市生まれ。2000年に『マグダミリア三つの星』で第4回角川学園小説大賞奨励賞を受賞しデビュー。『トッカン―特別国税徴収官』『上流階級』はドラマ化され話題に。ほか『政略結婚』など著書多数。
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