第1回「上流階級 富久丸百貨店外商部 其の三」高殿 円

上流階級3

天下の富久丸百貨店芦屋川店の
外商員・鮫島静緒が帰ってきた!
ファン待望のヒット作続編、スタートです。

「受けたって、整形ですか?」

「整形じゃないよ。ボトックスってやつ」

 ああ~、なんだ、と桝家は失望感あらわに顔をしかめた。

「ボトックスごとき、いまどきだれでもやってますよ。注射一本ですむんですから」

「でもね、その方すごい怖がりで、でもどうしても美容整形はやってみたくて、悩んだすえに」

「鮫島さんに、代理で受けさせた?」

「そう」

 話題のお客さんである鞘師(さやし)さんは独身の四十代、このご近所にご両親と三人でお住まいの投資家である。もともと名門私立女子校に通っていたが、いじめやアップデートのない校則に縛られた集団生活への嫌悪感から中学時代からずっと不登校だったという。

 そんな彼女の人生が花開いたのは、ほぼ引きこもり生活を続けていた三十代後半だった。

 実家は裕福で、働かなくても生きて行けるだけの資産はあったが、娘の将来を案じた両親は鞘師さんにひっきりなしに結婚をすすめた。親の頼みならと何十回と見合いをしたもののうまくいかず、さりとて親の心配はわかる。

『そうだ、めちゃめちゃお金持ちになろう!』

 鞘師さんは逆転の発想をした。親はお金持ちの男性と結婚して、娘の将来に保険をかけたがった。ならば、私自身が使い切れないほどのお金を稼げば、親も文句を言わないのでは……?

 彼女が選んだのはインターネットで気軽にできるようになった株投資だった。ほぼ独学でコツを身につけると、あっという間にサラリーマンの年収以上は稼げるようになった。投資額が増えれば、リターンも増えるので、彼女の資産はみるみるうちにふくれあがった。もともと慎重で人の意見に左右されないところと、自分が納得すればリスクをとれる性格が株投資にピッタリはまったのだ。

 現在、彼女は自分と同じように学校に通えず、コミュニケーションの問題があって定職に就けない子供や若い人々のための投資家教室を開いている。日本にはまだまだ女性投資家が少ないが、若い頃から投資を人生にくみこむ訓練を受けていれば、将来とれる選択肢の幅がもっと広がるのではないか、と考えたからだ。同時に、ギャンブル依存症への理解を深めるために大学の専門講座に通っている。

 そんな鞘師さんの活動は徐々に注目を集め、講演の依頼がひっきりなしに来るようになった。ハンディキャップを持つ人々への講演を中心に、時には注目の投資家として講師に招かれることもあるという。すると、雑誌に名前と写真が載る機会が増えていく。

「なるほどー。それで美容整形なんだ」

 桝家がチゲのスープをふーふーしながら言った。

「そうみたい。このチゲ、おいしいねえ」

「でしょう。チゲにハマっていろいろ買ってみたんですけど、ここのが最高」

「寒い日にこれを食べたい気持ちわかりすぎる。トウガラシの辛みが皮膚の内側でぱちってはじけるよね」

「韓国ドラマ観てると、みんなこれをおいしそうに食べてるんで、ついつい気になってハマっちゃったんですよねえ。……っていうか、そのお客さんの話に戻りますけど、そんなに思い切りのいい人だったら、美容整形くらいふつうにパッとしちゃいそうなのに」

 思い切りのいい人が、全員行動が早いかと言えばそうではない。特に鞘師さんは異常なまでに健康志向で、酒タバコはやらず食べるものもオーガニック、月に一度は有名ブランドの経営するスパにお籠もりするという徹底ぶりだ。けれど、どうしてもやめられないのがスイーツで、日々の体重コントロールが悩みの種だった。

「まあね、四十を超えると今まで通り息をしてるだけでも太りますから」

 鞘師さんの担当になってから、静緒の仕事はもっぱら彼女の話し相手である。それでも、彼女は口にするモノのほとんどを富久丸百貨店芦屋川店で購入しているから、彼女が地下やお得意様向けパンフレット掲載品に支払った金額だけでも月に百万は飛ぶ。

 その上、鞘師さんはアトピーもちなので、肌着だ普段着だ寝具だなんだとしょっちゅう替える。もちろん、一度パンフレットや取材で着た服は当分着ないので、毎月二、三着はハイブランドで揃えることになる。いわゆるブランドといわれる店で売られている商品の中でもバッグは安いほうで、実際服のほうがずっと高いのだ。

「それで、怖がりな投資家のためにボトックスを」

「最初はヒアルロン酸だったかな。いや、レーザーでシミ消しだったかも」

 口コミや医者の言うことは信じられない、さりとて自分には友人もいない、だから実体験してきてほしいと言われたときは、さすがの静緒も驚いた。

「でも、行ったんでしょ?」

「お金出してくれるって言うし」

「即答したんですよね」

「ここでそうすれば、いいお客さんになってくださると……思って……」

「静緒さんも、そうしたかったんですよね」

「……頰骨の上のシミが、気になってて……」

 外商という仕事は、どれだけお客さんに親身になれるかを売り物にしている、と静緒は感じている。もちろんローテーションで和牛と化粧品を届けるだけのお客さんもいるし、なにも言わなくてもパンフレットを見て電話をくれる人も、黙ってカードでばんばん買い物をしてくれる人もいる。

 だが、百貨店の外商なんてほかにいくらでもいるのだ。百貨店だって富久丸百貨店だけではない、他社の営業の中でお気に入りがいればそこで買う。どこで買ってもブランドの商品は同じだし、なんならワインも肉も同じだったりする。

「上流階級 富久丸百貨店外商部 其の三」連載アーカイヴ


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高殿 円(たかどの・まどか)
神戸市生まれ。2000年に『マグダミリア三つの星』で第4回角川学園小説大賞奨励賞を受賞しデビュー。『トッカン―特別国税徴収官』『上流階級』はドラマ化され話題に。ほか『政略結婚』など著書多数。
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