第1回「上流階級 富久丸百貨店外商部 其の三」高殿 円

上流階級3

天下の富久丸百貨店芦屋川店の
外商員・鮫島静緒が帰ってきた!
ファン待望のヒット作続編、スタートです。

「みてくれは重要ですよ。いまでも海外のホテルじゃ身長でとってるところはたくさんあります。僕の顔が気に入ってくれているお客さんも多いですしね」

 顔に自信がある男が言うと、チゲをすすりながらでも説得力がすごい。

「僕は静緒さんの、その体当たり営業嫌いじゃないですよ」

「……毎度、一課内で物議をかもしてるのはわかってるよ」

「男でも、外商がお客さんからそっちの相談されること、そんなに珍しくないですよ。昔から妾宅(しょうたく)に行く文化があったわけだし。今だとセクハラスレスレだと思うけど、セクだからこそ相談できる相手もいないんですよ」

 静緒がそこに交じることはないが、男性外商員同士の飲み会だと、EDや薄毛にはどういう食べ物や薬が効くのか情報交換はさかんに行われているという。

「それで、シミ取りして、ヒアルロン酸入れて、ボトックス? そのうち脂肪吸引してって言われそうですね」

「それはもう言われた。さすがに麻酔使うのは恐いから断ってる」

「バッカルファットをとりたいのはわかるなあ。俺もそろそろ考えますもん」

「あんたが!?」

 つやっつやのぴっちぴち三十一歳にそんなことを言われるとさすがに驚いて箸の先からハムが落ちた。

「だって、俺顔丸いほうですしね。そのうちブルドッグになるなーって父親見ててわかりますし」

「そうか……、そうかあ」

 男性の美に関しては、努力を見せるのが恥と考える文化が未だ日本にあるのは確かだ。けれど、桝家が日々努力しているのは知っていたから、静緒はすぐに納得した。

「男性が、美容に関して興味をもったり実行したりすることに関して、偏見をもつのはよくない。注意しよう。うん」

「なに優等生みたいなこと言ってるんですか、真面目すぎ」

 ちょっとワインがまわったのか、ケラケラ笑う。

「でも、たしかに美容整形の話って、仲の良いママ友同士でもしにくいですからね。シミ取りくらいならいざ知らず」

 静緒が実験体となって美容外科へ行き、シミを取りヒアルロン酸を入れ、エラにボトックスを打ち、納得した鞘師さんが同じトリートメントを受ける。鞘師さんは徐々にコンプレックスを解消し、講演や撮影を過度に恐れることもなくなった。そのための衣装を店で買ってくれる。そんな感じで、静緒は鞘師さんといい関係を続けている。

 そういえば、最近女性のニューリッチのお客さんが増えたように思う。以前は外商の客と言えば専業主婦だったが、いまでは静緒のご新規さんの半分が女性社長である。

「はー、羨ましいなあ。最近、あなためっちゃ調子いいですからね」

「そうかな」

「だって、最近三はいくでしょ」

 二年前に、ひと月のノルマが一千五百万円と言われて四苦八苦していた静緒だったが、いまでは三千万円売り上げる月も少なくない。 

「継続は力なりだよねえ」

「あなたの場合、もう外商にいなくても十分やっていけますよ。企画室とかで。結局、あなたの出した高級ランジェリー企画は満嘉寿(みつかず)が進めて大化けしそうな雰囲気だし、『御縁の会』だってもう二回めで成婚を出しそうな感じで、お客さんからもめちゃくちゃ評判もいいし」

 一年ほど前に、外商部のてこ入れ企画で静緒がひねり出した高級ランジェリーラインの強化は、その場では却下されたものの、企画を気に入った遣り手の営業マンが練り直し、押し通してとうとう実現した。最初はホテルの小さめの会場を貸し切って売っていたのが、予想外の来場者数と売り上げを記録して、あっという間にスカイオリエンタルホテルの最上階で特選会を開催するまでに成長したのだ。

「あれは、堂上(どうじょう)さんの手柄」

「あなたが言いだしっぺだし、あなたの企画だってみんな知ってますよ。満嘉寿も公言してますからね」

 桝家の言う堂上満嘉寿は本部お得意様企画室の人間で、外商員が売る商品を買い付けたり、イベントを企画したりする部署のチーフである。海外勤務が長く、外国の老舗デパートや名店との独自コネクションも強い。そんな堂上を桝家が下の名前で呼ぶのは、若かりし頃に二人が恋人関係にあったからである。現在はどちらもフリー、のはず。

「一緒にやろうって言われてやったんでしょ? ちゃんと手柄は主張したほうがいいですよ」

「でも、実際フランスに行ったり、オーバドゥと話をつけたりしてきてるのは堂上さんだから」

 チゲと生ハムとアンチョビバターですっかり気分が良くなり、ワインが進む。外商員の休みは週末が多い。これは土日に家に来て欲しくない専業主婦が客層の場合で、最近は働く女性のために稼働せざるをえないときもある。だから、大きなイベントや展示会を終え、大手振って休みをとれるのは最高だ。生きているって感じがする。 

 そう言うと、桝家は露骨に顔をしかめて、もっと休みをとるべきだとぼやくのだった。

「働きすぎですよね、我々は」

「そんなこと言ったって、とれないモノは仕方なくない? 私だってそりゃホットヨガとか通いたいし、白髪もマメに染めたいよ」

「社畜はみんなそういうふうに思考停止するんですよ。休みがとれないなんてありえないんです」

「実際、とれないじゃん

「転職すればいいんですよ」

 さらっと、高級シルクでも撫でるように桝家は言ってのけた。

(つづく)

「上流階級 富久丸百貨店外商部 其の三」連載アーカイヴ


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高殿 円(たかどの・まどか)
神戸市生まれ。2000年に『マグダミリア三つの星』で第4回角川学園小説大賞奨励賞を受賞しデビュー。『トッカン―特別国税徴収官』『上流階級』はドラマ化され話題に。ほか『政略結婚』など著書多数。
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