第4回「上流階級 富久丸百貨店外商部 其の三」高殿 円

上流階級3

静緒が特に注目しているお客さんは、
イラストレーターのNIMAさんだ。
話を聞くうちに、驚くべき情報が。

  NIMAさんは、あれこれ聞いてこず、黙って必要なだけ情報を渡してくれる静緒を気に入ったらしい。徐々に自分のことを話してくれるようになった。

「昔いじめられっ子でねー。中学で不登校になって家で絵ばかり描いてたの。漫画家になりたかったけど、飽きっぽくてどうしてもストーリー漫画を仕上げられなくて」

 少しアルコールが入ると、 NIMAさんはくせなのか、ゆらゆら横に揺れながら言った。

「勉強も嫌い、運動も嫌い。友達と出かけるのもそんなに好きじゃない。ただ家に籠もって気の向くままにアニメとか映画とか見て、絵を描くことが好き。それだけしかできないの。いまもそう」

 静緒の実家の十倍はあるだろう二十九階のテラスの目の前は瀬戸内海だ。眼下のマリーナには白いボートが白蝶貝のネックレスのようにキラキラ光を反射しながら陸地につながれている。昔、ベンツさんのボートもここにあって、芦屋川の花火大会のときはここでパーティをしたことを思い出す。

「親は公務員だったから、私のことがぜんぜん理解できないみたいだった。いろんな病院につれていかれて、カウンセリングも受けたし、検査も……。とにかく高校を卒業して、公務員試験を受けてくれって懇願されても、無理だった。親に申し訳なくて勉強しようかなって気になっても三日ぐらいで飽きる。新しいことを始めるのがいやで、そんなことをするくらいなら死にたいの。私のことに干渉して欲しくない。だけど、そう思ってたらほんとに親が先に死んじゃって」

 海に向かうテラスでゆったり足を伸ばしながらジンジャーソーダを飲む。まるでリゾートにでも来ている気分である。マリーナ付きの浜の家には伺ったことはあるが、ここは最近建ったばかりのホテル兼コンドミニアムなので、頼めばルームサービスがすぐに来るのもすばらしい。

「公務員試験のための専門学校に通ってたころ、たまたまSNSで描いていたイラストがバズっているのを、ある会社が見つけてくれて、それでそこからいくつかキャラクターを作ったの。そのころから、私のアカウントもフォロワーがすごく増えて、いろんな企業が声をかけてくれるようになって」

  NIMAさんの代表作は、「うさチュウ」「ねこくまねこ」など、ウサギの着ぐるみを着ているねずみや熊の着ぐるみを着ているねこなど、〝服によってべつの生き物に擬態している〟動物キャラである。

「〝かわいいって言われたくてウサギの耳をつけてみたねずみ〟。自分は自分だから!とか言わない。ウサギもねずみも自分だし。好きな服を着て好きな姿をする。そんなかんじでぽつぽつ描いてただけなのに。RTとかすごくて、バズりまくって。世の中びっくりすることばっかり」

 決してかわいいわけではなく、敢えて言えばぶさいく路線だが、シンプルで素朴な線画と水彩のような色づけ、そして特徴ある「ぬぎっ」という擬音。

「本音を言おうとしても、だれかのふりをしないとなかなか勇気が出ない。そんな私みたいな人のために、ぬぎぬぎシリーズを作ったの。大事なことを言うときに、ものすごくものすごくパワーがいることって、よくあることだと思ったから。私みたいなネガティブな人間は特にね。それが、あんなに受けるとは思わなかったな」

 あくまで、自分のような社会的マイノリティのために……。何度目かの訪問のあと、 NIMAさんはぽつりぽつりと込み入ったことを静緒に話し始めた。 

「漫画家にはなれなかったから、絵本ならできると思って、ストーリー仕立てのものをネットで発表した。今まで作ったキャラクターを使って、ピーターラビットみたいな世界観でやれたらと。あのころはネットがそこまでじゃなくて、出版社にも漫画や四コマ漫画しか受け付けてもらえなかった。自分がそれで食べていけるなんてぜんぜん思ってもみなかった」

 お互いにねずみであることが言えないウサギと、ねこであることが言えない熊の二匹のストーリーは、 NIMAさんの独特の味のある絵や、LINEスタンプ人気もあって爆発的にヒットした。

「人からどうこう言われるのは嫌いなの。だから、思いついたら描く、しかやらない。でもそれでいいって言ってくれる会社もあった」

 ユーザーに求められるままに、キャラクターの数はどんどん増えていく。多様性をアピールしたい企業のためのオリジナルキャラを作ることもあった。

 もちろん、メディアミックスの企画は無数に持ち込まれた。ミニアニメーションになり、CMになり有名アーティストとコラボもした。

 気がつけば NIMAさんの元には数億のお金が振り込まれていた。

「そのときはもう両親もこの世にいなくて……、二人ともあっけなく病気で死んじゃった。二人揃ってガン。親は最後まで、私が一人でやっていけるか心配してた。だから、親には申し訳なくていまでも夢に見る。叶うなら、ほら、こんなにお金持ちになったよ。もう働かなくてもやっていけるくらい稼いでいるんだよって言ってあげたい。何億円払ってもいいから、父と母が死ぬ五分前に戻りたい」

 自分が、いままで縁の無かったダイヤやシャネルを買うのは、それを手に入れたことで、くよくよ悩んだり落ち込んだりする時間を、もっと生産的に使うことができるからだ、と彼女は言うのだった。

「時間が一番高価なものだってわかってるから。いまはね」

「上流階級 富久丸百貨店外商部 其の三」連載アーカイヴ


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高殿 円(たかどの・まどか)
神戸市生まれ。2000年に『マグダミリア三つの星』で第4回角川学園小説大賞奨励賞を受賞しデビュー。『トッカン―特別国税徴収官』『上流階級』はドラマ化され話題に。ほか『政略結婚』など著書多数。
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