第5回「上流階級 富久丸百貨店外商部 其の三」高殿 円

上流階級3

仕事の相談をしに友人を訪ねるも、
旧友との会話は、恋愛のこと、
そして老後の話にまでおよんで……。

 弁護士にもいろいろある。本当にいろいろある。

「いや、一般人としては、国家試験通った人はみんなできる人で、ましてや司法試験なんて難関を突破した人はスーパーマンだって思うじゃない? でも実際はピンキリなんだよね。どこの会社も、世界も、そうだってことなんだと思うけど」

 甲南山手駅の山側は、山手幹線を挟んで数メートルも北へ行けばすぐに上り坂である。その見晴らしの良いレトロな三階建てのビルに手を加え、一階で不動産業を営んでいるのが静緒の古い友人である金宮寺良悟(きんぐうじりょうご)だった。

「近くに住んでるのに、ぜんぜん来てくれないんだから! と思えば急に来るし。まかないくらいしかないわよ」

 甘いものが大好きで、お料理が大好き、お酒も珍味も好きという彼とは、製菓専門学校で知り合った。静緒は今では簡単なお惣菜くらいしか作らないけれど、金宮寺はコース料理くらいさらっと家で作ってしまう。二階三階をメゾネットにして、キッチンの上を吹き抜けにし、ベランダに背の高いオリーブの鉢をいくつも置いてご近所からの目隠しに。地植えしたモッコウバラが三階の部屋まで伸びて、東側の窓は素敵なグリーンビュー、南側はもちろん、遠くに海が見える。

 その日も、ふらっと立ち寄っただけなのに、お得意様からいただいたという大吟醸とカラスミのパスタをごちそうしてくれた。

「何回来てもいい家だよねえ」

「なに言ってるの、自分はもっとすごいとこ住んでるくせに」

「いやいや、しょせん借り物ですから。いつ追い出されてもおかしくない場所って、あんまり家って感じしないんだよね」

 金宮寺の家に立ち寄ったのには訳がある。ひとつは、NIMAさんに紹介する弁護士について相談したかったこと。もうひとつは、家探しだ。

「私もさあ、こんなふうな家がいい。新築なんてとても無理だから、中古で。車はないから駅から歩ける物件で」

「できれば海が見えて、できれば広くて収納があって、できれば新耐震がいい、でしょ?」 

 へへっと笑って口にカラスミがたっぷりからまった生パスタを運ぶ。ワイングラスで飲む大吟醸との相性は千パーセント。まちがいないというやつ。

「海側は駅から遠くて塩害があるからね。エアコンがすぐ壊れやすいのは覚悟しなさいよ。冬はともかく、夏に壊れてすぐ修理してもらえるわけないからね」

「んー、じゃあ浜のほうはパスかあ」

「でも、そうやってみんな避けていくんだけど、そもそも地価がまったく違うから。エアコンの十台や二十台、買い換えたっていいと考えるのも合理的よ。海はすてきだし」

 静緒の持ってきた銀コーヒーの豆でカプチーノを作りながら、金宮寺は、

「だいたい、なにからなにまで要望通りの場所なんて存在しないのよ。塩害があるから山にしますったって、草津なんかは硫黄で新車が車検まで持たないんだから。温泉のある別荘を持とうと思ったら使用料と管理料で年間で何十万も必要だし、別荘地は草木の手入れで管理費が高い。結局そうなると、金銭的に余裕のある人以外は、都度借りたほうがいいってなっちゃうわけ」

「合理的にはそうだけど。でも、別荘とか移住って、こう、ロマンの問題じゃない? 生きる理由っていうか」

「まったくもってそのとおりよ」

 蒜山(ひるぜん)牛乳を百均の電動泡立て器でホイップし、スチームで真っ黒に煮出したエスプレッソとまぜる。器用にもラテアート付き。

「不動産はね、ロマンなの。結局、都会の家をうちみたいに緑で埋め尽くすか、田舎に行くか。だけど、都会の家だってうまく作らないと虫が集まってたいへんなことになるからね。公園の隣の家に住むなら三階がおすすめよ。あとで物件の資料を渡すわね」

「三階かあ。お母さん、年寄りだからエレベーターがないと。とはいえ芦屋の低層マンションは、独身アラフォーが買うには荷が重いし」

 芦屋に住んで数年が経った。いまではすっかりこの街に魅せられてしまっている。山が近くて登山口があり、古い時代から荘園として栄え歴史や文化もある。美術館も多く、海にはマリーナがあり、近年駅前が開発されていて、神戸や大阪に出なくてもたいていのものは手に入る。

 ちょっとしたグルメを味わうのに専門店の出店もさかんで、大型書店もあるし、住宅街にはこじゃれたカフェから本格レストランまで点在している。北欧や手作りの品を集めた雑貨店、ベーカリー、シェフのいるグルメマートまで徒歩圏で楽しめるのだ。

「上流階級 富久丸百貨店外商部 其の三」連載アーカイヴ


【既刊好評発売中!】

『上流階級 富久丸百貨店外商部』

 

 

『上流階級 富久丸百貨店外商部 2』

 
高殿 円(たかどの・まどか)
神戸市生まれ。2000年に『マグダミリア三つの星』で第4回角川学園小説大賞奨励賞を受賞しデビュー。『トッカン―特別国税徴収官』『上流階級』はドラマ化され話題に。ほか『政略結婚』など著書多数。
武田綾乃「おはようおかえり 京は猫日和」 第8回「一緒に住める人、住めない人」
第6回「上流階級 富久丸百貨店外商部 其の三」高殿 円