第5回「上流階級 富久丸百貨店外商部 其の三」高殿 円

上流階級3

仕事の相談をしに友人を訪ねるも、
旧友との会話は、恋愛のこと、
そして老後の話にまでおよんで……。

 父が亡くなって、一木の一軒家を手放して移った新長田のマンションは、駅直結でとても便利だけれど三十年経って少々くたびれてきた。出戻りで、もう一生どこかお嫁に行くこともないだろうし、できればこの素敵な芦屋で母と暮らしたい。そう思い、金宮寺に家探しをお願いしたのだ。

「ま、芦屋はね、あんたの給料じゃちょっと高望み。甲南山手は無難よ」

「ほぼ芦屋だしね。神戸市だけど」

「芦屋のビンテージマンションも素敵なところもあるんだけど、あんまり古いと電圧の問題があったり、あと風呂に新しいユニットを入れられなかったりしてリフォームに苦労するのよ。まあ、いくつかあるからゆっくり見て」

 食道楽様の淹れたカプチーノが胃と心に沁みる。仕事帰りに財布も出さずに味わうイタリアン、こんなにありがたいことはない。

「それで、弁護士のことだけど」

「ああ、そうそう。それが本題」

「ツイッターで名誉毀損って、いまのトレンドよね」

 金宮寺は、料理用のメガネからいつものオシャレメガネに変え、静緒の座っているカウンターの向かいに腰を下ろした。

「込み入ったことまで聞くつもりはないけど、それってほんとに名誉毀損で訴えられるような内容なの?」

「プロじゃないから確実ではないけど、たぶん」

 NIMAさんから送られてきたスクリーンショットを見ると、犯人がNIMAさんをババアと呼び、容姿や年齢や外見、持ち物、家族構成や仕事内容など、あらゆるNIMAさんの日常ツイートに対して、ほぼ同じ時刻に呼応するようにツイートしていることがわかる。中には名指しているものもあれば、わざわざ引用リツイートで暴言を吐いているものもあり、ふつうに考えても十分名誉毀損にあたるだろうと思われた。

「こういうのって、意外と犯人は近くにいるらしいよ」

 カプチーノを飲み終えて、新しいワイングラスを出してきた。まだ飲む気らしい。

「主婦があることないこと書かれて、開示請求したら、ママ友だったとか」

「それが、その方は友達がほんとうにいないらしくってさ。外見のこと攻撃されるってことは、彼女にじかに会ったことある人なわけじゃない? それで急に恐くなって、芦屋に引っ越してきたんだって」

「ぶっちゃけて言うと、IPの開示請求ってこれからいい商売になると思うのよね。弁護士にとって。だからやりたがる人はいっぱいいる。ようは時間さえかければ絶対勝てる案件だもの。だから、神戸とか大阪の弁護士でもいいかもしれない。ただ、慣れてるなら東京の虎ノ門ね」

「虎ノ門……」

「ITに強い事務所って、なんでか知らないけど虎ノ門にあるのよ。経産省が近いからかしらねえ。特許庁関係とか」

 金宮寺が言うには、ツイッター本社がアメリカにあり、日本の裁判所に申し立ててもEMS(国際郵便)で通知するため、三週間ほどかかるらしい。場合によっては一ヶ月以上ロスをするため、その間に逃げられる(アカウントを削除される)可能性もあるという。

「まあ、そういうときのために大手に頼むのも手かしらねえ」

「大手だとなにがいいの?」

「ツイッターとかフェイスブックとか、SNSで誹謗中傷された、みたいな案件は世界中にあるわけだからね。それを生業にしてる弁護士も多いでしょ。そしたらツイッター社の近くに事務所構えてれば話は早いじゃない。大手だと支社がロスにあるところもあるしね」

「なるほど」

 ロスに支社がある、もしくは提携事務所がある大手なら、国際郵便を使わなくて済むため、三週間も待たなくてもいい。

「そのお客さん、外商の太い客なら知名度もあるんでしょ。誹謗中傷だと認められれば二、三百万円はとれる可能性はある。大手じゃなくてもやりたい弁護士はいっぱいいると思うけどね」

「そんなに?」

「だって、これからぜったい流行るもの。弁護士にとって、こういう事件を担当しましたっていう経験は名刺代わりよ。でも弁護士がどんなにやりたくても、判例が欲しくても、依頼されなきゃ意味がないのよ。だから、ツイッターの愚痴なんかを検索して、自分から売り込んでる弁護士もいるわよ。いま弁護士は余ってるからね」

 もし、大手で、虎ノ門にある弁護士事務所なら、NIMAさんに会いに来てもらうか、こちらから出向かなければならない。それくらいの経費でどうこう言うようなNIMAさんではないが、はたして訴訟になるのか、和解がどれくらいかかるのか見通しが付かない以上、できるだけNIMAさんに親身になってもらえることが大事なのではないか。

(だとしたら、大阪でそこそこちゃんとした事務所のパートナー弁護士にいったんもちこんでみるか。東京の虎ノ門の大手より、まずは精神が不安定状態なNIMAさんのためにも、なにかあったらすぐ飛んできてくれるような人がいいのかも)

 なにより、この件は完全に静緒の手に余る。NIMAさんはだれか側にいて欲しくて、静緒を頼り、ダイヤやバッグを買うのだ。お買い上げいただけるのはありがたいが、こんな深刻な問題はダイヤでは簡単には解消できない。やはり専門家が必要だ。

 それに、NIMAさんは有名イラストレーター。きっとこれから法人も関西で作るだろう(まだ法人化していないと聞いた)。そうなれば、これは良い機会だ。親身になってくれる弁護士・会計士が近くにいたほうがいい。

「上流階級 富久丸百貨店外商部 其の三」連載アーカイヴ


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高殿 円(たかどの・まどか)
神戸市生まれ。2000年に『マグダミリア三つの星』で第4回角川学園小説大賞奨励賞を受賞しデビュー。『トッカン―特別国税徴収官』『上流階級』はドラマ化され話題に。ほか『政略結婚』など著書多数。
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