第5回「上流階級 富久丸百貨店外商部 其の三」高殿 円

上流階級3

仕事の相談をしに友人を訪ねるも、
旧友との会話は、恋愛のこと、
そして老後の話にまでおよんで……。

「うちの会社と長い付き合いで、NIMAさんに合いそうな事務所が元町にあるから、紹介してみる」

「それがいいわよ。なんでも会社通すのよ。そうでなくちゃ安月給で雇われてる意味ないでしょ」

「それ、似たようなこと桝家も言ってたなあ」

「あらっ、そういえばお宅のイケメンボーイは元気なの?」

 元気だよ、と言うと、彼はさっきとは違ったどこか艶っぽい表情でハーとため息をついた。

「イケメンはいいわよね。相手に困らなくて」

「金宮寺は、桝家がタイプなの?」

「私は顔で選ばないのよ。イケメンは好きだし、もうちょっと若かったらあんたんち押しかけて無理矢理知り合うところだけど」

「もう必要ない?」

「じゃなくて、必要なの。次つきあう人には、看取ってもらいたいのよ」

 思わず飲んでいた水を吹きそうになった。

「看取るって!」

「いやいや、冗談じゃないのよ。静緒。私たちもうそういうトシよ。相手を給料とか顔とかフィーリングでえり好みしていられた時代は平和だったの。子供とか結婚相手とか通り越して、看取ってもらう相手を探さなきゃ寂しいトシになったのよ。あんただってそうでしょ」

 痛いところを突かれて、視線を外した。しかし金宮寺はグイグイ顔を寄せてくる。白ぶちメガネの圧がすごい。

「やたらそのイラストレーターさんに同情してるのも、ほら」

「わーってる。わーってますよ。自分と環境が似てるんだって。天涯孤独で帰る家がない。でも結婚する予定もないしその気もない。もしかしたら自分もそうなるかもしれないって思うと、ほっとけないんだって重々自覚してます」

「いいのよ。私情は多少交じるものよ。悪いことじゃない」

 好きなことを仕事にしていて、仕事以外なにもないように見える生き方がNIMAさんと静緒は似ている。だから、親がいなくなれば一気に頼る相手がなくなる状況も、我がことのように身に染みるのだ。

 いまはこんなふうに家に招いてくれる金宮寺も、本気で生涯寄り添えるパートナーを探している。いずれ、みな人生のリソースを分かち合え、ライフラインとしても機能する関係性をだれかと構築するのだろう。

 いっそ、恋愛でもできればいいのに、と思う。桝家も金宮寺も、恋愛をきっかけにしたパートナーシップを求めているようだし、それがスタンダードな方法と言えばそうでもある。

 しかし、静緒はいままでろくに恋愛経験がない。自分から交際の申し込みをしたこともないし、いいなと思う相手の「いい」はすべて「仕事ができる」という評価でしかなかった。

「あー、私の好きだアンテナが、仕事ができる以外に反応しないの、なんでなんだろう」

「べつに仕事ができる人を好きでも問題ないじゃない」

「でも、いつもそこを幻滅されて終わるんだよ」

「ハイハイ、百人当たって百人ともそうだったんならいざしらず、二人や三人たまたま続いたからってそう決めつけるのはおばかさんよ」

「百人となんてもう出会ってられない」

「結婚相談所に行く人たちは百人なんてすぐこなしてるわよ」

「そういうもんなの?」

「そういうもんよ」

「厳しい……」

 思わずテーブルの上につっぷした。

「あんたんちのイケメンボーイはモテるから、ほうっておいても相手なんてすぐできる。結婚したいって言い出したらあんたなんてすーぐ追い出されるわよ。あのゴージャスメゾネットもクィアな愛の巣になるんだから」

「わかってるよ。だから、いま家、探してもらってるんじゃないの」

 返答に詰まって、ついワインが進んでしまう。このケンダル・ジャクソンはアメリカで一番売れているカリフォルニアワインで、手頃な値段で買えるのもあって日本でも人気だ。

「まあ、桝家はいいやつだから、良い人に会えることをいやがったりしないよ。そうなったら私はあの家を出て、かわりに海か山が見えるマンションで、お母さんとのんびり暮らす。家さえ買ってしまえば、人生まあなんとかなるでしょ。ならない?」

「もうそろそろ三十五年ローン背負えなくなるもんね」

「つきつけないでよ、現実を」

「私はなんにもしてないわよ、現実が勝手に露出すんのよ」

 金宮寺は、早くプロに任せちゃいなさいよ、と言って、いつのまにか空になった静緒のワイングラスにおかわりを注いでくれた。

(つづく)

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高殿 円(たかどの・まどか)
神戸市生まれ。2000年に『マグダミリア三つの星』で第4回角川学園小説大賞奨励賞を受賞しデビュー。『トッカン―特別国税徴収官』『上流階級』はドラマ化され話題に。ほか『政略結婚』など著書多数。
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