第6回「上流階級 富久丸百貨店外商部 其の三」高殿 円

上流階級3

NIMAさんのSNSでの誹謗中傷は
弁護士のおかげで解決しそうだ。
息つく間もなく、別の方から連絡が。

 NIMAさんにご紹介したのは、元町本店のすぐ側にある老舗の弁護士事務所Rで、オーナー弁護士の一人であるT先生が代理人を引き受けてくださることになった。

 アシスタントにはIT関連に詳しい若手のM先生がつき、さっそく証拠集めと、今後の展開の相談になる。犯人の他ツイートを丹念に見てみたところ、関連する別アカウントを割り出すことができた。同じ背景の写真、同じような内容をツイートしていたのだ。どう考えてもこれは仕事関係の知り合いで、しかもある取引先の社員である可能性が高いという。

「知っている人ですか?」

 NIMAさんも事前にその内容には気づいていたらしく、犯人と思われる相手の名刺、いままで交わしたメール、犯人が勤めている会社との関係などを時系列順に箇条書きしたペラ1を取り出した。

「たぶん、この会社のAP(アシスタントプロデューサー)だと思います。コスプレした顔も似てます」

 SNSの恐ろしいところは、本人が隠しているつもりでも、知っている人からすると、ぎょっとするくらい特定されやすい情報を公開してしまうことだ。このAPもスタンプで顔を隠したから大丈夫だと思ってコスプレ写真をアップしたのだろうが、目元が隠せていない。

「こっちが、関係者のブログで打ち上げに撮影したものです。私は写っていませんが、彼女は顔を出しています」

 丸一日かけて印刷した分厚い紙の束を差し出した。数年分のツイートを全部プリントアウトし、NIMAさんに関連するツイートに蛍光ペンを引いたのは静緒だ。当初はNIMAさんがすると言っていたのだが、当該APの悪口があまりにもすごかったので、作業をしようとすると動悸がして冷や汗が止まらなくなると電話があり、あとはすべてこちらで引き受けた。

『今日もNババア先生の相手、めっちゃしんどくて、特別手当百兆円ほしい!』

『ちょっと売れてるからって、パクラーがいい気になるなよN。あれもこれもパクリ。私にはパクリだってわかってるんだよね、ざんねんーw』

『ババアからクソメールにすぐ返事する仕事のできる私。パクリの分際でうっせえ。すぐに落ち目になるブスBBA』

『BBA打ち合わせするたび、ハイブランドのバッグ見せつけてくるの、うざすぎ。死んで』

『クレーマーババアN、早く死ね。みんなパクリだって気づけばいいのに』

 というNIMAさんをRT、あるいは引用して暴言を吐いているものもあれば、対象がNIMAさんではないものもあった。中でも目を疑ったのは、ただ単に通勤電車で隣になっただけの見知らぬ女性の容姿をあげつらい、駅で降りる際に「ブス!」と吐き捨てて相手の驚いた顔を見るのが楽しいと記したツイート、あるいはバーで居あわせた女性客の容姿を勝手に点数化し、やはり最後に「ブス!ババア!」と吐き捨てて去る、というものだった。なぜそんなことをするのか理解に苦しむが、百貨店のクレーマーの中にもこういう人間がいるのも確かである。

「私、この人とそんなにやりとりしたことないんですよね……」

 NIMAさんは、胸に手を当てて片目でチラチラプリントの束を見ながら、しきりに不思議がっていた。

「このA林ってAPとプライベートな話をしたこともないし、そもそも会うのはイベントを見に行ったときだけです。一年に二回か三回」

「イベントというのは?」

「私が描いたキャラクターが擬人化されて、VTuberの声とかを演じてくださっている俳優さんや声優さんがいて、定期的にファンイベントが開催されるので、そこで……」

「このA林はイベント運営会社のAPなんですね。もう二年くらい知っていると」

「はい。最初は新入社員でアシスタントのアシスタントみたいな感じでしたけど、いろいろあってプロデューサーが退職したので、そのあと昇格したみたいでした」

 個人的なつきあいもなければ、会うのは年に数回、普段はメールのやりとりだけで、それもイベント前後だけである。なぜここまで突然中傷の対象になったのか、NIMAさんにもわからないという。

「でも、この方、NIMAさんの中傷を始める前は、ほかのスタッフさんとか、イベント演出さんとか、上司の悪口もバンバンツイートしてるので、もうこれは性格って感じがしますけどね」

 若先生の意見に、静緒も黙って頷いた。いままで上司や先輩に首根っこをつかまれておとなしかったのが、上がいなくなったとたんに人がかわったようになる人間はいる。ようするに本性が現れるのである。

「上流階級 富久丸百貨店外商部 其の三」連載アーカイヴ


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高殿 円(たかどの・まどか)
神戸市生まれ。2000年に『マグダミリア三つの星』で第4回角川学園小説大賞奨励賞を受賞しデビュー。『トッカン―特別国税徴収官』『上流階級』はドラマ化され話題に。ほか『政略結婚』など著書多数。
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