第8回「上流階級 富久丸百貨店外商部 其の三」高殿 円

上流階級3

一日で一千万売るのも仕事なら、
定時後に出かけるのもまた仕事。
NIMAさんの後日談は信じがたいもので!?

 次の日は、コーヒーを飲む時間もなく、朝から電話にメールにと対応に明け暮れた。

「わかりました。本日必ず伺いますので。大丈夫です。……はい。失礼します」

 電話を切って思わずため息をつく。こんな日に限って予定が重なる。

 夜中の四時、静緒が寝ている間に、イラストレーターのNIMAさんから、牛肉を買ってきてくれという依頼が入っていた。明らかに様子がおかしかったので折り返し電話してみると、やはり牛肉は静緒に会うダシで、本当のところはなにを買ってもいいから今日中に相談したいことがあるのだという。

(なにかまた、弁護士の先生に言えないことでも起こったとか?)

 こんなことで実家に戻っているヒマはあるのだろうか、と考えつつも、この様子から断りづらく、夕方伺いますと返事をした。なんだか春先から、実家に帰ると連絡した途端に仕事で帰れなくなることが続いている。

 店に出勤し、テイクアウトした銀コーヒーのカフェラテ六つのトレイを持って八階にあがる。思った通り桝家がいたので、デスクの前に置いてみなさんもどうぞと声をかけた。

「なんだなんだ、俺が買ってこようとおもってたのに、悪いなあ鮫島ちゃん」

 とか言いながら、邑智がコーヒーチケットの綴りを押しつけて去った。今日は締め日が近いので、ほかの外商員たちも心なしか顔に気合いが入っている。

(年末は催事も多いし、売り時だ。私もペルシャ絨毯の一枚くらいは売りたい)

 溜まっていた領収書を整理して経理に提出したあと、かねてより打ち合わせ済みだった各ブランドから商品をお借りして赤根さんのお宅へ伺う。カートの上に山盛り積んでの大移動になった。

 阪急夙川(しゅくがわ)と苦楽園の間は昔から続く屋敷街で、いまでも敷地の広い邸宅がたくさんある。赤根家もそのうちのひとつだ。来客用と、お勝手と、家族用の入り口がそれぞれ別で、母屋こそ近代的で天井の高い今風の作りだが、阪神・淡路大震災を乗り越えた日本家屋の離れや漆喰壁の蔵もいまだ健在である。

 お手伝いさんに手伝ってもらって、合流したジュエリーマキノのスタッフさんと三人がかりで荷物を屋敷の中にいれた。

「わざわざたくさん運ばせてごめんなさい。お義母さんが、咲都子(さとこ)にどうしても買ってやりたいから外商さんを呼べって」

 赤根家の奥様が、わざわざ正式なほうの門を開けて静緒たちを待っていてくださった。昔から外商はお勝手があればお勝手から出入りするという習いがあるのだが、いまはそういうことを細かく言う方も少なくなったし、そもそもお勝手のある家も多くない。

 その日は平日だというのに娘さんが珍しく在宅だった。離れで暮らす八十五歳のおばあちゃまが、アドリア海行きご縁旅行でよい出会いのあった末の孫に誕生日プレゼントを買ってあげたいということで、ヴィトンだけではなく、ティファニーやブルガリ、シャネル、ジョージ・ジェンセンといったハイブランドを持参し、昔ながらの外商売りが行われた。

「ほんとうは私がね、お店まで行ければよかったんですけどねえ」

 去年肺の手術をしたという大奥様は、本来なら入院していなければならない状態なのを、この歳になって老い先を延ばしても意味が無いと、強引に退院して自宅療養を続けているのだという。

「どうせ私が死んだらね。相続税でがっぽり国にもっていかれるのよ。今のうちになんでも買(こ)うたらええの。咲都子なんてこれからいっぱいおしゃれしなあかんのやし」

 戦後、焼け野原になった神戸で酒造りを再開し、荷車を引きながら財を成したというおばあさまが貫禄たっぷりに言った。

「外商さんでものを買うのなんて、着物以来やねえ」

 左慈家の次男さんとおつきあいをされている次女の咲都子さんは、普段は近くの病院で薬剤師をされている。今日はお祖母さまの意図をくんでわざわざ休みをとったようだった。

「お姉ちゃんもおらんのに、なんか悪いなあ」

「いっちゃんは自分で買うからええの。今日は咲都子のために富久丸さんに来ていただいたんやからね」

 咲都子さんの三つ歳上の姉は、赤根家の家業である酒造をはじめとしたホールディングスの役員をしていて、いまは化粧品部門の代表だ。こちらの方も富久丸百貨店のよいお客様である。

「まー、なんだか懐かしいわ。お母さんが若い頃はみんなMCMとかプリマクラッセとか持っててね。ヴィトンのモノグラムもね、とっても流行ってたわよ」

「お母さん、いつの時代の話をしてるんよ」

「いつの時代って、ヴィトンのモノグラムはいまでも売ってるやない。お母さん、欲しかったけどお友達がみんな持ってたから。でも今は模様が大きいのね」

 奥様もあっけらかんとして良い方だ。こちらは経営している幼稚園の理事長をされているだけあって、普段はあまりブランド品だとはっきりわかるバッグは持たれないのだという。

「全体的にどのブランドでもビッグロゴが流行っていますね。こちらのモノグラムのビッグロゴ柄も昨年から大変人気です」

「久し振りに、お母さんもヴィトン持とうかなあ」

「BURBERRYはロゴが新しくなりました。セリーヌはデザイナーが変わってこのように。グッチも、オールドグッチ柄のリバイバルラインが人気です。奥様のように、久し振りに持ってみたいと思われる方が多いのかと。お若い方には、日本でもバレンシアガで火がついた、シンプルにブランドロゴだけをプリントしたキャンバストートが流行っているようです。BURBERRY、シャネル、ドルチェ&ガッバーナ、このあたりですね」

 持参してないものはiPadで見せていく。

「どれにしようかなあ。仕事に持って行きたいから、トートバッグがいいかなあ」

「咲都子さまにオススメしたいのが、こちらのティファニーのトートです。ティファニーブルーにロゴのシンプルなレザートートですが、ティファニーしか出せない色ですし、あまり人とかぶらないかと」

「ほんとうだ。素敵。ティファニーの箱の色だ。これ、かわいいね」 

 静緒と歳が近いのもあって、お持ちしたラインが好みにあったようで内心ほっとした。

「上流階級 富久丸百貨店外商部 其の三」連載アーカイヴ


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高殿 円(たかどの・まどか)
神戸市生まれ。2000年に『マグダミリア三つの星』で第4回角川学園小説大賞奨励賞を受賞しデビュー。『トッカン―特別国税徴収官』『上流階級』はドラマ化され話題に。ほか『政略結婚』など著書多数。
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