◇ショートストーリー◇稲田俊輔「キッチンが呼んでる!」連載第2回

◇ショートストーリー◇稲田俊輔「キッチンが呼んでる!」連載第2回
昨晩、ハムレタスサンドと肉まんを食べたあと、ほろ酔い気分でトーストを焼いてしまった。

 夕方に仕事が一段落すると、またもや順調にお腹が空いてきた。今日はよく食べてよく働く日だ。そしてそろそろお米が食べたくなった。散歩の途中で見つけた、やたら「手造り」や「無添加」を強調する張り紙が得意げに店頭に掲げられた、ちょっといけ好かない、でもちょっとおいしそうなお弁当屋さんのことが頭をよぎる。でも、まだだ。この部屋にはまだそういうものは時期尚早。スナフキンは「ひじき入り雑穀ご飯と15種類の野菜と国産鯖が使われた無添加の手造り弁当」なんて食べない。

 私は意を決して引越し段ボールの一つを開封し、そこから炊飯器を取り出して、それからスーパーに出かけた。

 

 本日の戦利品。お米、シーチキン、山葵入りの海苔佃煮、そして箱入りのトマト。ついでに朝ご飯用のヨーグルト。お米はきっかり1合計って炊飯器に入れ、水を少し少なめに仕掛けた。そしてそこにシーチキンを1缶、缶汁ごと投入、スイッチオン。これで用意はおしまい。炊き上がるまでもう少しだけ仕事をしようと取り掛かったものの、結局途中から古いアニメの1話分を観ながらビールを飲んだ。

 アニメが最後予告編の「次回もサービスサービスぅ」というお決まりの文句で終了すると同時に、シーチキンご飯が炊き上がった。私はお茶碗にその半分弱をよそい、そこに海苔の佃煮をのせた。トマトも1個、水で洗って塩と一緒に傍に置いた。塩をなすりつけたトマトを丸かじりしつつ残りのビールを飲み干して、シーチキンご飯に取り掛かる。シーチキン以外何も入ってないご飯は、お米の一粒一粒がうっすらとした油で艶々と光っていていかにもおいしそうだが、実は塩気が絶妙な加減に薄い。薄いまましみじみ食べたり、海苔佃煮を少しのせて食べたりを繰り返していると、飽きる間もなくあっという間になくなってしまう。私はしばし考えた後、残りのご飯の半分でおにぎりを握って空っぽの冷凍庫に放り込んだ後、残りを全部お茶碗によそった。

 

「シーチキンご飯に海苔佃煮」は、大学生時代の常食だった。シーチキンご飯自体は母の発明。母はそこにマヨネーズをぽってりと絞り出し、そこに山葵を、大人の分にはたっぷり、私たち姉妹の分にはちょっぴりのせて、仕上げの揉み海苔は大人にも子供にもたっぷりのせた。進学を機に一人暮らしを始めた私は、その「山葵マヨネーズと揉み海苔」の部分を海苔佃煮(山葵入り)に改変したというわけだ。2膳目のシーチキンご飯を食べながら、海苔佃煮にマヨネーズも追加したらさらに悪魔的なおいしさなのではないかと想像した。さっきスーパーでそれを思いつけばマヨネーズも買っといたのにと少し後悔もしたけど、私は母じゃないからそんなことで安易にカロリーの上乗せをするべきではない、だからこれで良かったのだ、と思い直した。

 2膳目のシーチキンご飯もあっさりと無くなった。おにぎりを冷凍庫にしまった事も少し後悔しながら、冷蔵庫からトマトをもう1個だけ出してきて、デザート代わりに塩は付けずにかぶりついて私は強引に晩餐の幕を引いた。

 今日はいっぱい働いて、いっぱい食べた。

 そして母のこともいっぱい思い出した。

(つづく)
連載第3回


「キッチンが呼んでる!」連載一覧

稲田俊輔(いなだ・しゅんすけ)

料理人・飲食店プロデューサー。鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て円相フードサービスの設立に参加。和食、ビストロ、インド料理など、幅広いジャンルの飲食店の展開に従事。2011年、東京駅八重洲地下街に南インド料理店「エリックサウス」を開店、複数の業態の店舗を持つ人気店に。さまざまな角度から食を探求する書き手としても活躍する。著書に『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』(扶桑社新書)、『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分! 本格インドカレー』『だいたい1ステップか2ステップ! なのに本格インドカレー』(いずれも柴田書店)、『おいしいものでできている』(リトルモア)。
Twitter @inadashunsuke

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