◇ショートストーリー◇稲田俊輔「キッチンが呼んでる!」連載第5回

◇ショートストーリー◇稲田俊輔「キッチンが呼んでる!」連載第5回
同業の友人アサコと久しぶりのランチ。彼女とは、仕事絡みの食事会で仲良くなった。

第5話
7日目のサラダバー

「ビュッフェは、『何を食べるか』じゃなくて『何を食べないか』なのよ」

 サラダバーからとってきたサラダの皿を前にして、友人のアサコが力説している。彼女は同業者で、今日は共通のクライアントの会社からほど近いレストランで待ち合わせた。久しぶりに一緒にランチをする事にしたのだ。

 この店は、サラダバーとアメリカンスタイルのグリル料理が売りの店だけど、サラダバーには各種前菜やスープ、ちょっとした温かい料理にデザートまで並んでいるから、今日は二人ともメイン料理はパスしてサラダバーに集中する事に最初から決めていた。

 ほぼ同時に店の前に着いた私たちは、ウェイティングボードに名前を書いてから席に案内されるまでの五分間で、仕事上の情報交換と簡単な近況報告を済ませた。私が久しぶりの一人暮らしを始めた顛末を改めて手短かに説明すると彼女は、

「ふーん、何か楽しそうじゃん」

 とだけ言って、そして悪戯っ子のようにニヤリと笑った。持つべきものは友である。

 

 彼女と仲良くなったのは、たまたま仕事絡みで一緒に食事をしたのがきっかけだった。ポルトガル料理のお店で、普段出合えそうで出合えない微妙に不思議な料理の数々を前にして、私たちは興奮気味にその料理のひとつひとつについてとめどなく語り合いながらワインを飲んだ。

 干鱈とフライドポテトを卵と一緒に炒めた料理は、ぐちゃっとした冴えない見た目で、なおかつ中学生が問答無用で大喜びしそうな油っこくて塩気の効いたジャンクな味だった。でもそのジャンクさがダイレクトに本能を揺さぶってくるようで、私たちはたちまち夢中になった。その日初めて訪れたその店での一品目の料理だったにもかかわらず、この先の人生でこの店に何度訪れたとしてもこれは毎回オーダーすべき料理である、という意見で一致した。

 丸々と太った鰯の炭火焼は約束されたおいしさだった。でっぷりと脂の乗った魚に追い討ちをかけるように注がれた青臭いオリーブオイルと、その罪悪感を単に打ち消すかと思わせてその実さらに背徳的な快楽に誘うレモン、という仕掛けに私たちはただただ翻弄されるばかりだった。この先の人生で焼き魚を前にする度にそこにオリーブオイルを注ぎ込みたくなる誘惑に、果たして私たちは抗うことができるのだろうか? というテーマについて語り合いながらぐいぐいと白ワインのグラスを空けた。

 こんがりと焼かれた2枚のトーストで肉のローストや挽肉のパテ、チョリソーなんかを挟み、上からたっぷりトマトソースがかけられた料理は圧巻だった。よく知っている食べ物が縦に積み重ねられているだけのはずなのに、それは贅沢極まりないメインディッシュ。「ナイフとフォークで食べるサンドウィッチの可能性」について私たちはお互いの思い付きを披露しあった。


稲田俊輔(いなだ・しゅんすけ)

料理人・飲食店プロデューサー。鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て円相フードサービスの設立に参加。和食、ビストロ、インド料理など、幅広いジャンルの飲食店の展開に従事。2011年、東京駅八重洲地下街に南インド料理店「エリックサウス」を開店、複数の業態の店舗を持つ人気店に。さまざまな角度から食を探求する書き手としても活躍する。著書に『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』(扶桑社新書)、『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分! 本格インドカレー』『だいたい1ステップか2ステップ! なのに本格インドカレー』(いずれも柴田書店)、『おいしいものでできている』(リトルモア)。
Twitter @inadashunsuke

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