◇ショートストーリー◇稲田俊輔「キッチンが呼んでる!」連載第8回

◇ショートストーリー◇稲田俊輔「キッチンが呼んでる!」連載第8回
タイ料理との出合いは、大学生の頃だった。最初はパクチーが苦手だった。

第8話
9日目のパクチー

 タイ料理というものに初めて出合ったのは大学生の頃だった。当時つきあっていた男の子に連れて行ってもらったのだ。彼は古着屋でバイトをしている同じ学科の同級生で、DJをしたり、ちょっとしたモデルの仕事もしていたりするおしゃれな男の子。そんな子がどうしてわたしみたいな地味でぼうっとした女の子に興味を示したのかは分からないけど、少なくとも彼は、長い髪をゆるくカールさせてブランド物のバッグを小脇に抱えた、ケーキみたいに綺麗な女の子たちを敬遠していたのは確かで、

「なんか怖いよあいつら。怖くて近付きたくない。ていうか普通にダサくね?」

 と、にべも無かった。私は、彼女たちを「ダサい」というのには首肯しかねたけど、「怖い」という気持ちはなんとなくわかる気がした。

 とりあえずわたしたちは、好きな音楽や本も共通していたし、概ね仲良くやっていた。「流行りのカフェでキャラメルマキアート」ではなく、煙草の匂いが染み付いた喫茶店でウインナーコーヒーを飲んだ。パスタはどちらかの部屋でどちらかが小さい鍋で無理やり二人分雑に茹でて作るものであって、あえてイタリアンレストランに行くことはなかった。

 イタリアンレストランのかわりに行くのがタイ料理屋だった。裏通りにポツンと佇むタイ料理屋は、そのざっかけない店構えの割にはそう安いわけでもなく一皿の量も少なかったけど、彼は少食で私もダイエットを兼ねて少食なふりをしていたから、お互いのバイト代が支給されるとどちらから言い出すともなくそこに行った。

 

 最初はまずパクチーに面食らった。これさえ無ければ普通の気持ちで食べられるのに、と内心思いながらさりげなく避けて食べた。実際パクチーを避けて食べる料理はどれも、知らないはずなのに知ってる味のような気がしておいしかった。でもよくよく観察すると彼もパクチーは苦手なようで、わたし同様なんとなく避けて食べていた。だから一皿の料理を二人で平らげる頃には、その皿の端には残されたパクチーの小さな緑の丘が形成された。

 辛さは特に問題なかった。派手な味の料理が好きな母親の影響で、わたしもうどんに七味と一味の両方をドバドバ振りかけて食べるようなことまで彼女の真似をしてやってたからかもしれない。彼はわたしよりはだいぶ辛さ耐性がないことにも気付いた。それでも彼は、

「辛いものを食べるとさ、なんか、生きてる!って感じするよね」

 と、顔を火照らせながらとても楽しそうだった。

 

 そんなタイ料理デートの、4回目くらいだっただろうか。わたしは突如パクチーが好きになった。好きになった途端、むしろ無性に好きになった。わたしは彼が避けるパクチーまで全てかっさらってむしゃむしゃと食べた。彼はそんな私を呆気に取られたように眺めていた。

 

 タイ料理のおかげというわけでもないだろうけど、わたしは前より少しスリムになった。いつのまにか伸びた髪を美容院で整えた日、わたしは、ショートケーキとは言わないまでもロールケーキ程度には綺麗だったはずだけど、彼はそれを見て

「あんまり似合ってないような気がする。」

 と言った。

 わたしは不思議と怒る気にも悲しい気持ちにもならず、

「デリカシー無いなあ」

 と呆れてみせ、それから黙って二人で小津安二郎の映画をビデオで観た。

 映画が終わるころ彼は唐突に

「さっきはごめん」

 と言った。

 それから程なくして彼は私の前からいなくなった。


稲田俊輔(いなだ・しゅんすけ)

料理人・飲食店プロデューサー。鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て円相フードサービスの設立に参加。和食、ビストロ、インド料理など、幅広いジャンルの飲食店の展開に従事。2011年、東京駅八重洲地下街に南インド料理店「エリックサウス」を開店、複数の業態の店舗を持つ人気店に。さまざまな角度から食を探求する書き手としても活躍する。著書に『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』『飲食店の本当にスゴい人々』(ともに扶桑社新書)、『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分! 本格インドカレー』『だいたい1ステップか2ステップ! なのに本格インドカレー』(ともに柴田書店)、『おいしいものでできている』(リトルモア)。
Twitter @inadashunsuke

◎編集者コラム◎ 『パンダモニウム!』ジェイムズ・グールド゠ボーン 訳/関根光宏
『スモールワールズ』一穂ミチ/著▷「2022年本屋大賞」ノミネート作を担当編集者が全力PR