◇ショートストーリー◇稲田俊輔「キッチンが呼んでる!」連載第10回

◇ショートストーリー◇稲田俊輔「キッチンが呼んでる!」連載第10回
久しぶりにご飯を炊くので、献立は「和食らしい和食」。私が抜擢したおかずは──

第10話
11日目のお出汁

 昨日と一昨日で冷凍ご飯のストックを使い果たした私は、今日久しぶりに、小さいけれど最新式の愛しき炊飯器でほかほかのご飯を炊く。なのでせっかくだから今日は、いかにも和食らしい和食にすることに決めた。その献立に抜擢したのが「私だけの肉じゃが」だ。牛肉やじゃがいもなどの他に、これまで何度か買い逃してきただしパックと本みりんも買ってきた。

 

 子供の頃家で食べていた肉じゃがは、今思えばずいぶん甘くて味が濃かった。醤油も砂糖もたっぷり入っていたのだろう。べっこう色に染まったじゃがいもの表面は糖分と牛肉の脂でテカテカしており、コッテリとしたその味わいは否応なしにご飯が進んだ。

 言うなればそれは「すき焼き」のバリエーションといった趣だった。すき焼きの「白菜とネギ」が「じゃがいもと玉ねぎ」に置き換わり、牛肉が大幅に削減されている代わりに「人参」が入ったもの。すき焼きに付き物の白滝は、我が家では肉じゃがの方にも必ず入っていた。

 私は、「すき焼きなんて贅沢なご馳走、そうそうしょっちゅうは食べられない。だから、普段のごはんにはその代わりとして肉じゃがが登場するってことなんだろうな」と、勝手に解釈していた。すき焼きは、脂っこくて濃い味が好きな母親の大好物のひとつでもあったから、その見立てはあながち間違ってなかったはずだ。

 

 小学生の頃、友達のお家の晩ごはんにお呼ばれした時の肉じゃがには驚いた。それは家で見慣れた肉じゃがよりずいぶん色が淡かったからだ。そしてそこからは、ほわっとお出汁の匂いもした。最初にとろりとクリーム色に煮えた玉ねぎに箸を付けたら、色合いの印象通りそれはちっともしょっぱくはなくて、その分甘さがはっきり感じられた。丁寧に刻まれた青葱もちょこんとのっていて、その香りにも鼻をくすぐられた。

 こういうのを上品な味付けと言うんだな、と子供心にも感心した。そしてそれはふだん家で食べる肉じゃがよりも、ちょっと素敵なものに感じられたのだ。今になって思えば、少なくとも当時住んでいた関西では、そういう肉じゃがの方がむしろスタンダードだったのかもしれない。母親の作る肉じゃがは、言うなれば九州風だったのだろうか。

 私はその後何度か「ああいう肉じゃがが食べたい」と母親に直訴しそうにもなったが、なんだかそれも申し訳ない気がしてずっと言えず仕舞いだった。


稲田俊輔(いなだ・しゅんすけ)

料理人・飲食店プロデューサー。鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て円相フードサービスの設立に参加。和食、ビストロ、インド料理など、幅広いジャンルの飲食店の展開に従事。2011年、東京駅八重洲地下街に南インド料理店「エリックサウス」を開店、複数の業態の店舗を持つ人気店に。さまざまな角度から食を探求する書き手としても活躍する。著書に『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』『飲食店の本当にスゴい人々』(ともに扶桑社新書)、『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分! 本格インドカレー』『だいたい1ステップか2ステップ! なのに本格インドカレー』(ともに柴田書店)、『おいしいものでできている』(リトルモア)。
Twitter @inadashunsuke

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