◇ショートストーリー◇稲田俊輔「キッチンが呼んでる!」連載第15回

◇ショートストーリー◇稲田俊輔「キッチンが呼んでる!」連載第15回
その日、私の新居のドアチャイムを鳴らした人も「懐かしい顔」だった。

第15話
14日目の鰻重

 ドアのチャイムが鳴って、わたしはモニターを確認した。そこには懐かしい顔があった。

 今日は正真正銘、懐かしい顔だ。数年ぶりに見る母は相変わらず派手好みで、還暦を超えているようにはとても見えない若々しさだった。最近彼女はとあるボーカルグループに夢中だそうで、今日はそのライブのための「遠征」ついでにここに立ち寄ったのだ。

 

「えらい殺風景な部屋やねえ」

 彼女は部屋に入ってくるなり、私の愛する棲家を酷評した。

「大学生の時に戻ったみたいじゃない」

 それがまた新鮮でけっこう気に入ってるんだけどね、と返しつつコーヒーを淹れている私の背中に向けて彼女は

「あんないい子と別れるなんて、ほんともったいないわ」

 と、デリカシーが無いにも程がある言葉を無遠慮に投げかけてきた。

 かつて一度だけ3人ですき焼きの鍋を囲んだとき、母と彼は村上春樹の話でずいぶん意気投合していたのを思い出した。

「あんたみたいな面倒くさい子、もらってくれる人そうそうおらんよ」

 そんな昭和な価値観は適当にいなして手土産のダックワーズに手を伸ばそうとすると、母はそれを制して言った。

「あんたもお昼ごはんまだやろ。鰻食べに行こ、鰻」

 

 鰻は彼女の大好物のひとつで、昔から東京に来るたび私は鰻屋に連れ出された。そして毎回、

「東京の鰻はなんかもの足りないけど、これはこれでおいしいわ」

 と、褒めてるんだか貶しているんだかよくわからない評価を下しつつも、母は嬉しそうにそれを頬張った。

 彼女曰く「鰻は関西流の『地焼き』に限る」とのことで、中でも父の生家がある名古屋の「ひつまぶし」が一番、というのが持論だった。その意見に対しては私もおおむね賛成だ。ところどころガリガリしているくらいに焦げた鰻はこってりとしたタレをまとい、それに山葵をのせてご飯と一緒に頬張るのは、鰻を一番おいしく食べる方法だと確信している。

 ひつまぶしには、最初の一膳はそのままで、次は山葵と葱をのせて、最後はそれをお茶漬けで、という流儀がある。しかし母は最初の一膳からそこに山葵をたっぷりのせるのが常だったし、私もそれを真似していた。そのパターンだけであらかた食べ終え、最後に残った申し訳程度のご飯と鰻の小片ひとつまみに、出汁と海苔だけはたっぷりかけて締めるのだ。

 

「あんた、食べ物屋さんには詳しいんやろ。このへんにどこかおいしい鰻屋さん無いの?」

 母は自分から誘っておきながら、その具体的なプランは私に丸投げする算段のようだった。だけどそんなことを言われてもこの街に越してきてまだ2週間だし、そもそも私は生物資源保護の観点から、もう何年も鰻は見て見ぬふりで我慢し続けている。

「知らないよそんなの」

 と答えつつ、とりあえずスマホを手に取ってグルメレビューサイトを開き、[半径500メートル][鰻]で、条件検索を開始した。

 地球のためには鰻は我慢するべきなのかもしれないが、一方で、鰻食文化を後世に伝えるために専門店のそれは食べ支えていくべきという意見もある。若干都合が良すぎるかもしれないが、親孝行も兼ねて、今日はとりあえずその意見に乗っかることにしたのだ。いったんそう開き直ると久しぶりの鰻は想像するだに蠱惑的だ。母が熱く語り続けるボーカルグループメンバーたちの実にどうでもいいエピソードを BGM にしながら、真剣かつ慎重にお店の選定に専念した。


稲田俊輔(いなだ・しゅんすけ)

料理人・飲食店プロデューサー。鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て円相フードサービスの設立に参加。和食、ビストロ、インド料理など、幅広いジャンルの飲食店の展開に従事。2011年、東京駅八重洲地下街に南インド料理店「エリックサウス」を開店、複数の業態の店舗を持つ人気店に。さまざまな角度から食を探求する書き手としても活躍する。著書に『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』『飲食店の本当にスゴい人々』(ともに扶桑社新書)、『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分! 本格インドカレー』『だいたい1ステップか2ステップ! なのに本格インドカレー』(ともに柴田書店)、『おいしいものでできている』(リトルモア)。
Twitter @inadashunsuke

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