◇ショートストーリー◇稲田俊輔「キッチンが呼んでる!」連載第20回

◇ショートストーリー◇稲田俊輔「キッチンが呼んでる!」連載第20回
冷蔵庫を開けると野菜の使い残しがずいぶんいろいろ溜まっていた。それを一掃することにした。

第20話
19日目の塩焼きそば

 冷蔵庫を開けると野菜の使い残しがずいぶんいろいろ溜まっていた。

 外葉から剥がしつつ使っていたキャベツはまだソフトボールくらいの大きさで残っているし、にんじんは細い先の方だけがラップにくるまっている。1個だけ残っているピーマンはやや萎びかけていて、玉ねぎは律儀に4分の1個分だけ、これもラップにくるまっている。

 ヘタに近いところだけ3分の1くらい残っているナスの切り口は既に変色し始めている。ナスの変色はまだ許せるが、皮を剥いて半個だけ残しておいたじゃがいもの表面がうっすら茶色くなり始めているのは実に美しくない。

 ナスは前回素揚げにしたときに1本全部使い切ってしまうべきだったし、じゃがいもは肉じゃがに全て入れてしまうべきだったかもしれないが、どうしてもそれができない自分がいた。作った料理はその都度全部食べきってしまいたいのだ。そのキャパシティを超える量は作りたくない。その日その時食べたかった料理は、それがどんなにおいしかったとしても、必ずしも次の日にも食べたいとは限らない。だから「多めに作って残しておく」というある種合理的な行為がどうしても受け入れられないのだ。「常備菜」という概念は完全に私の理解の範疇外にある。

 

 私は自分のことを比較的我欲の薄い人間であると認識しているけど、その反面、妙なところで少しの意にそぐわないことも許せない頑迷さがあるのも自覚している。先日母は私のことを「あんたみたいな面倒くさい女」と笑って言ったが、なるほど、それは私のそういう一面を鋭く見抜いているということなのかもしれない。

 

 そういう自分の面倒くささは、自力で回収せねばならない。なので今からこの中途半端な野菜たちを一掃する。普通に考えたら野菜炒めだ。しかし残念ながら私は野菜炒めという料理があまり好きではない。生の野菜もクタクタに煮た野菜も大好きなのだが、程よくシャキシャキに炒められた野菜というものにはどうしてもあんまりそそられないのだ。我ながらこういうところもまた面倒くさい。

 というわけで最終的に辿り着いた結論が「冷蔵庫一掃塩焼きそば」だ。幸い先日買ったばかりの28cm深型フライパンがここにある。我ながら実に冴えた買い物だった。

 

 焼きそばの麺を買いに行くのも億劫なので、パスタで代用することにした。先日深型フライパンと一緒に2種類のパスタを買い置いてある。1.8mmのスパゲッティとリングイネだ。今日ご登場いただくのはリングイネの方。深型フライパンで湯を沸かし、そこにリングイネを60gほど投入する。野菜たっぷりだから麺はこれだけで充分なはずだ。少し長めに茹でて、それからしばらく置いておく方が、焼きそばにはしっくり来るはず。

 その間に全ての野菜をせっせと千切りにする。冷凍庫にこれまた中途半端に2枚だけ残してあった豚バラスライスも、半解凍して細かく刻んだ。

 

 実家の焼きそばは、まさにこういう、野菜たっぷりの塩焼きそばだった。でも小学生の頃、母親に「ソースで味付けした焼きそばが食べたい」と直訴したことがある。学校で「焼きそば」の話になった時、微妙にみんなと自分の話が食い違っていることに気付いたのがきっかけだった。

「チクワがあんまり好きじゃないけど焼きそばに入ってるやつはおいしいよね」と言った私は、みんなに怪訝そうな顔をされた。焼きそばにチクワなんて入ってないよ、と皆は口々に違和感を表明した。その代わりみんなは、ソースたっぷりがいいとか、青海苔はいいけど紅生姜は勘弁してほしいとか、目玉焼きは絶対のせて欲しいとか、一緒にご飯を食べるか否か、みたいな話を始めたのだ。

 私はみんなが何を言っているのかさっぱりわからず困惑したが、途中で、なるほどみんなが言っている焼きそばはお祭りの縁日で見かける茶色いソース味の焼きそばのことなんだな、ということを察した。家で食べる焼きそばはいろんな野菜がたっぷりと、そして豚肉やチクワがちょっぴり入った白っぽい色の焼きそばだったから、縁日の茶色い焼きそばはお祭りの時にだけ食べる特殊な食べ物だと思っていた。だけどみんなはどうもそれを普段から家で食べているようだった。それはちょっと羨ましいぞ、と、その時の私は思ったのだ。


稲田俊輔(いなだ・しゅんすけ)

料理人・飲食店プロデューサー。鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て円相フードサービスの設立に参加。和食、ビストロ、インド料理など、幅広いジャンルの飲食店の展開に従事。2011年、東京駅八重洲地下街に南インド料理店「エリックサウス」を開店、複数の業態の店舗を持つ人気店に。さまざまな角度から食を探求する書き手としても活躍する。著書に『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』『飲食店の本当にスゴい人々』(ともに扶桑社新書)、『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分! 本格インドカレー』『だいたい1ステップか2ステップ! なのに本格インドカレー』(ともに柴田書店)、『おいしいものでできている』(リトルモア)。近著に『チキンカレーultimate21+の攻略法』(講談社)、『カレー、スープ、煮込み。うまさ格上げ おうちごはん革命 スパイス&ハーブだけで、プロの味に大変身! 。』(アスコム)。
Twitter @inadashunsuke

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