◇長編小説◇白石一文「道」連載第4回

◇長編小説◇白石一文「道」連載第4回
移築されていた人麻呂の離れを訪ねた功一郎は、ある一枚の絵の前にいた。時間は40年ほど遡る。

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 一九八〇年(昭和五十五年)三月十二日水曜日。

 功一郎は午前七時に起床した。母の用意してくれたトーストとハムエッグの朝食を食べ、先に仕事に出る母を見送って一時間ほど英単語の復習を行い、身支度をして家を出たのは午前九時だった。

 このときまでは腹具合に何の異常もなかったのだ。

 高校入試当日だったが、さしたる緊張もなくて、やるべきことはすべてやったという、本番を迎えての期待感、充実感の方がむしろ勝るくらいだった。

 前の年に西鉄の路面電車が全廃されていたので、「福高前」の電停もなくなっていた。「箱崎」から「千代町」まで路線バスを使い、「千代町」のバス停からは歩くことにする。といってもせいぜい五分足らずの距離なので、受験会場である県立福岡高校に到着したのは九時十五分頃だった。

 福高を受験する箱崎中学の仲間たち十数人と校門前で合流し、入室終了十分前の九時二十分ちょうどに功一郎を先頭に校内へと入っていった。

 一限目、「国語」の試験が始まったのが九時四十分。

 急に下腹部に差し込むような痛みを感じたのは、問題用紙が配られた直後だった。もちろん家を出る前に用は済ませてきていた。突然の腹痛の意味が分からない。

 試験官に手を上げてトイレに行くべきか迷ったが、恐らく緊張のせいだと考え、「開始」という試験官の声と同時に問題用紙を開き、試験に集中することにした。

 頑張って問題文を読み解き、答えを記入していったが、二十分ほど経ったところでどうしても辛抱できなくなった。腹痛は鈍化していたものの、それと反比例するように強い便意を覚え始めていたのだ。

 過半まで解答欄を埋めたところで、功一郎は意を決して手を上げ、近づいてきた試験官に「トイレに行っていいですか?」と訊ねた。

 試験官は無言で頷き、彼に促されて席を立ち試験会場の教室を出た。そこには別の教師が控えていて、その人の案内で男子トイレに連れて行かれたのだった。

 ひどい下痢だった。胃腸は強い方で、滅多にお腹を壊すことはない。どうして急にこうなったのかますます意味不明だった。緊張だけでこんな下痢をするはずもなく、何か別の原因がありそうに思えた。

 十分近く時間を失って席に戻る。

「国語」の試験はそれでもなんとか最後まで解くことができた。

 試験を終えたところでもう一度トイレに行った。さきほどで出切ったはずなのにまた下痢だった。

 入室時間ぎりぎりに試験会場に戻る。二限目は「数学」。途中退席はせずに済んだが、下腹部が絞られるように痛んで問題に集中できなかった。四十五分間の試験が終わり、次の「社会」までの十五分休憩のあいだに箱崎中の仲間と答え合わせをした。手こずった三問目の二次関数の問題で思わぬミスを犯したのに気づき、暗澹(あんたん)たる気分になる。

 県立高校の入試は、難易度は高くないが取りこぼしが許されない。全教科でまんべんなく九割超の正答を出しておかないと福高のような進学校には合格できないのだ。

「社会」のあとの昼休憩のあいだに、学校を出て近くの薬局に駆け込んだ。下痢止めを買って薬局の人に貰った水で一服し、持参した母の手作り弁当には箸を入れずに午後の「理科」と「英語」に臨んだのだった。

 薬のおかげで下痢は止まったが、腹具合は改善しなかった。止瀉薬の影響なのか手足が妙に冷たくなった。熱が出ている感じではなかったが、鉛筆を持つ右手の指が凍えてしまってなかなかうまく文字を書けない。腹回りを中心にした違和感も相変わらず。数学のミスのことが頭にちらついて、得意教科のはずの「理科」も「英語」もいつものようにすいすいと解くことはできなかったのである。

 午後四時頃に受験会場をあとにしたときは途方に暮れる思いだった。

 受験からようやく解放された喜びもあって仲間たちは連れだって天神に遊びに行ったが、功一郎は誘いを断って一人で箱崎の団地まで歩いて帰った。

 道々、どうしてこんなことになったのかを考えた。

 福高を出るときにトイレに行き、そこでまた水のような便がたくさん出て、それからは下腹部の違和感もかなり薄まっていたのだ。

 この症状はどう見ても食あたりだろう。

 だとすればそれを引き起こした食材があるはずだ。

 考えられるのは昨晩の夕食だけだった。

 昨日、午後五時過ぎに母の美佐江が勉強中の功一郎に電話を寄越した。受験前日なので早く帰って夕食をこしらえるつもりだったが、急用を彦八郎から頼まれたので帰りが少し遅くなるという連絡だった。

「七時頃には終わりそうやから、駅前で待ち合わせばして、一緒に焼き肉でも食べに行かんね?」

 母はそう言った。焼き肉は功一郎の大好物で、箱崎駅のすぐそばにある焼き肉屋にたまに行っていたのだ。

「今日は家がよか。理科の問題集のおさらいば終わらせたいけん。やけん、何か買ってきてくれると助かる」

 功一郎が返事をすると、

「やったら宝寿司に電話してにぎりば注文しようかね。七時に届けてくれるよう頼んでおくけん。その頃には帰れると思うけど、まだやったらあんたが受け取っておいてちょうだい。お金は後払いにしとくけん」

「分かった」

 にぎり寿司も功一郎の好物だった。

 母は七時前に帰宅した。宝寿司から届いたにぎり寿司はいつもの小さな桶ではなく、大きな桶だった。おまけに、いくらやウニも並んでいる。

 母が、溶き卵とワカメのお吸い物を手早く作り、それぞれのお椀と寿司桶を載せた小さなちゃぶ台を挟んで差し向かいになる。

「ごめんね。大事な日が、こげん店屋物になってしまって」

 母が申し訳なさそうにしたが、

「すごかね、これ」

 四人前はありそうな特上にぎりを前に功一郎の方は大興奮だったのだ。

 ――昨日、寿司を食べ過ぎたせいかもしれない。

 思い当たるのはそれだった。結局、母は一人前程度しか口にせず、功一郎が一人で三人前近くを平らげたのだった。

 考えられる原因は他にはないだろう。ネタのどれが悪かったというのではなく、生魚をあんなにたくさん胃袋に流し込んだツケが今朝になって回ってきたのだ。

 寿司にぱくついているとき、「明日は本番だし、生ものはほどほどにしないと」と一瞬躊躇(ためら)った記憶がある。だが、結局は寿司の魅力に負けて食べ進めてしまったのだった。

 ――食い意地のせいで肝腎要の高校入試にしくじるとは……。

 余りの情けなさに何をどう嘆いていいのかさえ分からないくらいだ。

 だが、そうやって家路を辿っているときは、まだ、かすかな希望があった。万全の出来ではなかったが、かろうじて合格に手が届くくらいの点数は稼いでいるのではないか――そんな淡い期待もなくはなかったのだ。

 希望が完全に打ち砕かれたのは、翌日、地元紙の朝刊に掲載された「理科」と「英語」の模範解答例を見た瞬間だった。


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白石一文(しらいし・かずふみ)

1958年福岡県生まれ。2000年『一瞬の光』でデビュー。2009年『この胸に深々と突き刺さる矢を抜け』で山本周五郎賞、2010年『ほかならぬ人へ』で直木賞を受賞。近著に『ファウンテンブルーの魔人たち』『我が産声を聞きに』。

佐藤 優「危機の読書」〈第14回〉コロナ後の民族とナショナリズム
◎編集者コラム◎ 『オッドタクシー』著/涌井 学 原作/此元和津也