◇長編小説◇白石一文「道」連載第11回

◇長編小説◇白石一文「道」連載第11回
美雨の交際相手のこと。自身の仕事のこれからのこと。鮨屋の席で、碧に胸襟を開いて様々語った功一郎は、ある行動に出る。

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第三部

 
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 年末年始、美雨(みう)はずっとアルバイトだった。

 新しい勤務先は渋谷のコーヒーショップで24時間営業・年中無休らしい。大晦日も帰宅したのは明け方で、三人で新年の食卓を囲んだのは昼過ぎのことだった。

 例年通り、お屠蘇(とそ)を飲んで、渚(なぎさ)が腕によりをかけて作ったおせちを食べる。

 会話は弾まなかったが、それでも美雨は功一郎(こういちろう)の前でぽつりぽつりと口を開く。

 数ヵ月ぶりに団らんが戻ってきたようではあった。

 正月休みに入ると同時に、功一郎は、頼まれている教本の執筆に取りかかった。

〝前の世界〟では、柏(かしわ)市に転居し、渚の病状が多少落ち着いた今年の夏頃からようやく書き始めることができた原稿だ。人麻呂(ひとまろ)邸の書斎で、あわよくば一緒に持ち込もうと手に提げていたリュックには、その原稿のUSBメモリも入っていた。

 残念ながらリュックやスマホは持ってくることができなかったが、原稿の内容は頭の中にインプットされている。すでに八割方は書き終えていたので、あらためて執筆を再開したとしても時間はほとんど要さないだろう。となれば、予定より二年近く早く刊行できると思われる。内容の完成度もさらにアップさせられるに違いなかった。

 美雨が自室に引き籠もっているように功一郎もリビングと繋がる六畳の和室を閉め切ってパソコンを小さな座卓に据え、原稿書きに精出したのだった。

 初詣は毎年、三日の日に三人で深川不動堂に行くと決まっていて、美雨が生まれて以来一度も欠かすことなく続けてきたのだが、今年は渚と二人きりだった。

 バイトで帰りが遅かった美雨は、風邪気味だと言って同行を拒んだのだ。

 そんな態度にも功一郎はあっさり引き下がった。

 二十八日以降は、彼氏の件で彼女に何か言うことは一切なかったし、渚と二人だけのときもその話題は口にしなかった。

 あの日、碧(みどり)と偶然会って、美雨たちの存念を彼女に探って貰うことに決めた。結果を聞くまでは碧に言われたとおり「じっとしておく」と自らに言い聞かせているのだ。

 碧からの連絡はいまのところない。

 美雨の様子を見てもまだ二人は会ってはいないようだった。何しろ年末年始があいだに挟まっているのだから気長に連絡を待つしかないのだろう。

 一月四日金曜日は出社した。

 碧の連絡を受けるなら渚のいない会社の方が都合が良かった。ただ、こちらからせっつくような真似をするつもりはない。すべて碧に任せて上首尾を期待するしかないのだ。

 品質管理本部に限らず、どの部署も出社している人間は数えるほどだった。

 フジノミヤ食品の七つある工場でも、四日から稼働するのは相模原(さがみはら)と我孫子(あびこ)の二工場に過ぎず、残りは七日スタートだった。二工場にしてもフル稼働ではなく、動かすラインは半分程度である。

 メールや年賀状のチェックを終えると、功一郎はデスクのPCに持参したメモリスティックを差し込んで書きかけのワード原稿を表示する。年末年始の集中作業でもう全体の四分の一くらいまで書き進めていた。

 この分だとあと二ヵ月もあれば第一稿は仕上がるだろう。

 教本はこれが三冊目だが、今回は、品質管理への啓蒙や実践案内にとどまらず、かなり専門的な知識も盛り込んでいる。実質的には全面改稿に等しいから中身もこれまでで一番充実したものになるだろう。

 独立のことを見据えれば、この本の出版前後に会社を辞めるのが最も効果的だと考えられる。渚も美雨の問題が片づき、自分自身のために独立するのであれば反対はしないと言っていた。

 その肝腎の「美雨の問題」を解決する切り札は恐らく碧なのだと功一郎は思っている。二年間、碧と同じ屋根の下で暮らしてきて、彼女があんなふうに自信たっぷりに請け合ったときはちゃんと結果を出してくれると分かっているからだ。

 一時間ほど原稿を読み下したところで、弁当とペットボトルのお茶を持って作業台の前に移動した。

 時刻はちょうど正午になるところだった。

 出社してきた早見(はやみ)や吉葉(よしば)もさっさと退社して、品質管理本部には誰も残っていない。

 弁当はパレスサイドビルの地下の「磯むら」という和食屋で買ってきたものだった。そこの海苔弁が安くてうまい。普段もたまに買って、こうして作業台で食べている。この世界に戻ってきてからもすでに何度か利用していた。

 鰹節と海苔を敷いた白米の上に鮭の塩焼き、ゴボウと人参のきんぴら、たくわん二片、それに漬け卵半分が載っているだけのシンプルな弁当だが、素材がどれもいい。休日出勤の日に、この弁当をがらんとした会社でこうして食べるのが功一郎は大好きだった。

 作業台の向こうのテレビをつける。

 ちょうど昼のニュースの時間だった。トップは安倍(あべ)総理の年頭記者会見の模様で、「平成」に代わる新たな元号を四月一日に公表すると総理が正式に表明したのだという。

 そのニュースを観ながら、

 ――もし、自分がネットで、〈新元号は「令和」で決まりじゃないの? 出典は万葉集〉といった書き込みを何度か繰り返せば、元号は「令和」ではなくなるのだろうか?

 そんなことをふと考える。

 たとえ匿名でも相当の回数、「令和」という一語をネット上に書き込めば、当然内閣官房の元号担当者の事前調査にも引っかかるだろうから「令和」は候補から除外される可能性が高い。

 ――それは、要するに歴史を変えたということになるのだろうか?

 例によって、それはそうでもあり、そうでもないと功一郎は思う。

 この世界で四月に決まる元号が「令和」だと知っているのは功一郎ただ一人だった。であるならば、たとえ「令和」以外の元号に変わったとしても、それで歴史が変わったとはならない。変わったのは功一郎の〝前の世界〟における記憶だけなのだ。

 自分以外の誰一人として、本当は「令和」という元号になるはずだったと知らなければ、そんな歴史は最初から存在していなかったのと同じなのである。新元号が決まった後、仮に功一郎が「本当は令和だったんだ」と力説しても、それを信じる人間は誰一人いないに違いない。

 ――ならば、この世界の歴史を変えるには一体どうすればいいのか?

 そのこともかねて功一郎はたびたび考えてきたのだった。

 一番分かりやすいのは、自分自身が〝歴史になる〟ということだろう。

 自分自身が歴史の一部になってしまえば、自分が変化する事それ自体が〝歴史の変化〟となる。

 今日から二〇二一年二月二十四日までの期間に日本や世界で起きる様々な出来事を功一郎はすでに知っている。

 高校受験時の入試問題がそうであったように多少の「ずれ」はあるのだろうが、おおよそは分かっている。

 手っ取り早いのは、予言者になればよいのだ。

 これから起きる出来事を YouTube などでじゃんじゃん予言していく。彼の予言によって現実が変わる可能性の薄い事象、たとえば天変地異や遠い国の戦争、不可避の事件や事故などを的中させれば、功一郎の名前は瞬く間に世界を駆け巡る。

 予言を知りたくて多くの人々が彼のもとへと参集する。

 そうやって一気に人を集めて新興宗教でも組織すれば、彼の行為そのものが歴史の一部となる。つまり彼自身が世界を創造するわけだから、それを〝歴史を変えた〟と表現しても誤りではないだろう。

 だが、そんなふうに自分史と世界史とを一体化させない限り、功一郎には、自身の記憶と現実との距離を遠ざけたり近づけたりすることしかできないのだ。つまるところ彼以外の人にとっての歴史は常に一つきりなのである。

 その日は、午後六時過ぎまで一人ぼっちの社内で原稿の手直し作業を行ったが、碧からの連絡はなかった。


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白石一文(しらいし・かずふみ)

1958年福岡県生まれ。2000年『一瞬の光』でデビュー。2009年『この胸に深々と突き刺さる矢を抜け』で山本周五郎賞、2010年『ほかならぬ人へ』で直木賞を受賞。近著に『ファウンテンブルーの魔人たち』『我が産声を聞きに』。

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