◇長編小説◇白石一文「道」連載第23回

◇長編小説◇白石一文「道」連載第23回
その時はやってきた。功一郎は、やるべきことを黙々とこなしていく。

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 二〇二〇年六月二十六日金曜日。

 この日、フジノミヤ食品の定時株主総会がオンライン形式で開催され、三月期決算が承認されると共に保坂(ほさか)明輝(あきてる)専務の代表取締役社長就任、堀米(ほりごめ)正治(まさはる)社長の代表取締役会長就任をはじめとする「役員人事案」も無事に株主たちからの承認を得たのだった。

 功一郎(こういちろう)はこの日をもって、フジノミヤ食品取締役を退任した。

 わずか一年の役員生活だったが、彼の中に心残りはなかった。

 経営企画本部長として新型コロナ対応の経営計画を策定し、妻を亡くした堀米の会長就任を後押しすることができた。これで会社の発展は約束されたようなものだった。

 それだけでなく、堀米、保坂と相談し、経営企画室長の早見(はやみ)卓馬(たくま)を自分に代わる新しい取締役に、品質管理本部品質管理第二課長の吉葉(よしば)慎市(しんいち)を早見の後釜の経営企画室長に据える人事もなんとか実現することができた。

 さらにもう一つ。社外取締役として中林(なかばやし)淳子(じゅんこ)東京理科大学教授を招聘(しょうへい)することにも成功した。食品衛生学の専門家である中林教授とは二十年来の付き合いで、自分が辞めた後のフジノミヤ食品の品質管理、衛生管理を託すには最適任の人物だった。

 独立祝いを兼ねた送別会はすでに終わっていたので、この日をもって功一郎は晴れて完全に自由の身となった。

 四月に出版された新著の評判も上々で、功一郎の独立を聞きつけた関係各方面から仕事の依頼がたくさん舞い込んでいる。

 彼はそのどれにも確たる約束はせず、品質管理・衛生管理の専門家としての活動は今秋からのスタートになると返事するにとどめておいた。

 六月二十六日の感染者数は一〇五人。東京は五十四人で二日振りに五十人を超えた。とは言っても、大方は「夜の街関連」で、五月二十五日に緊急事態宣言が終わって以降、感染者数は落ち着いている。都内での休業要請緩和もすでにステップ2からステップ3へと移行していた。

 感染者の減少によって、このパンデミックも猛暑の夏を過ぎれば終息するとの見通しや日本人は体質的に感染しにくい「ファクターX」を持っているという楽観論も広がり始めている。

 まさか、年末には東京だけで一千人を超え、年明けには全国で八千人に迫る感染者数となるとはまだ誰も知らない。一年延期が決まった東京オリンピックもこの分なら大丈夫だろうと皆が考えていた。

 ――結局、来年のオリンピックは開かれるのだろうか?

 功一郎はたまに思う。

 彼が旅立ったときの〝前の世界〟の感染状況は容易なものではなかった。何しろ死者だけで百人を超える日がずっと続いていたのだ。

 ――あの状況だと、少なくとも各競技場に満員の観衆を呼んでの開催は難しかろう……。

 そう考えざるを得ない。

 七月中は国内を旅して歩いた。

 再び感染の急拡大が始まるのは十一月からだ。そのあいだはマスク、手洗いを徹底していれば滅多なことで感染はしない。

 ことに首都圏や名古屋、大阪、兵庫、それに福岡といった過密都市を避けて地方の田舎町を訪ねる分には危険性はほとんどなかった。むしろそうした地方の人々の方が、東京者の来訪に神経を尖らせている状況なのだ。

 プリウスに着替えや本をたくさん積み込んで気ままに走った。長野、富山、石川、福井、京都、そこから日本海側の町々を巡って出雲大社を参拝、さらに北九州まで足を延ばして、門司(もじ)―有明便のフェリーで帰路についた。およそ三週間ほどの旅程だった。

 七月最終週に東陽町のマンションに戻るとさっそく身辺整理にとりかかる。

 新たなる旅の準備のためだった。

 この世界に残しておくべきものは残し、自分がいなくなったあと見られたくないもの、不要なものはきれいさっぱり処分した。

 美雨(みう)に何も告げずに立ち去るわけにはいかないので、相応の内容の置き手紙を作らねばならなかった。この手紙を書くのにずいぶんと時間がかかったし、それが最も厄介でしんどい作業だった。

 結局、以下のような項目を文面に盛り込んだ。
 

・いろいろと悩んだ末に第二の人生を始めると決心したこと。
・当分は一人で生きていくと決めたこと。
・そのための資金として会社の退職金と役員退職慰労金を使うことにしたので、これは残してやれないこと。
・自宅マンションの権利証、預貯金や多少の証券類はそのままにしておくので、今後、標(しめぎ)と店を持つときはそれらを開業資金の一部として充てればいいということ。
・渚(なぎさ)との離婚届は家を出る前に区役所に提出するということ。
・渚には、このことを伝える必要は一切ないこと。
・数年経って新しい人生が軌道にのれば、そのときこちらから連絡するので、それまでは決して探さないで欲しいこと。

 
 美雨への手紙とは別に標連(れん)にも一筆したためた。

 こちらの方は、ひとえに娘をお願いします、とただそれだけを記せば良かったので、あっと言う間に片づいた。

 会社の退職金や慰労金を持って家を出たことにすれば、美雨もよもや父親が自殺するなどと心配することはないだろう。どこか自分たちの知らない土地で第二の人生を始めたと考えざるを得ないし、七月に東京を長期間離れたのは、そのための場所探しが目的の旅だったと美雨や標に示唆するのも狙いの一つだった。

 そうした作業が終わると、今度は物件探しを始めた。

 栃木県の山間(やまあい)の小さな町に恰好の物件を見つけたので、仲介業者に連絡をつけてさっそく見学に出向いた。

 町外れに建つログハウスだった。

 東京在住の所有者がときどき楽器の練習もかねて訪ねていたらしいが、一年ほど前に海外赴任の話が持ち上がり、思案の末に売りに出すことにしたのだという。

 狭いダイニングキッチンにワンベッドルームの小さな物件で築十五年。価格は三百二十万円だった。

 一度見てすっかり気に入り、功一郎はすぐに購入を決めた。

 築十五年とはいえ、まだまだ風雪に耐えそうな堅牢な作りだった。一車線の県道から枝分かれした一本道のどん詰まりに建っていて、建物の背後は鬱蒼とした雑木林で、人が偶然通りかかるといったシチュエーションはおよそ考えにくい。

 ここであれば、世間と完璧に隔絶した暮らしを営むことも不可能ではあるまい。

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白石一文(しらいし・かずふみ)

1958年福岡県生まれ。2000年『一瞬の光』でデビュー。2009年『この胸に深々と突き刺さる矢を抜け』で山本周五郎賞、2010年『ほかならぬ人へ』で直木賞を受賞。近著に『ファウンテンブルーの魔人たち』『我が産声を聞きに』。

「推してけ! 推してけ!」第19回 ◆『夏が破れる』(新庄 耕・著)
採れたて本!【評論】