◇長編小説◇藤谷 治「ニコデモ 風は思いのままに吹く」連載第12回

◇長編小説◇藤谷 治「ニコデモ 風は思いのままに吹く」連載第12回
悪夢のような一夜、ニコデモはある人物を幻視する。それは、かつての小僧、鈴木正太郎の最期だった。

「ニコデモ 風は思いのままに吹く」連載一覧


 

 それは国富(くにとみ)に来た初めての戦死公報だった。戦死ではなく戦病死だったが、村の者は誰も、憲兵たちや村長さえ、そんな違いは気にもかけなかった。鈴木正太郎(すずきしょうたろう)さんはお国のために見事散華(さんげ)なさった、英霊だ、村の誉れだと皆は葬儀の席で口々に正太郎を讃(たた)えた。国富のタカさんは知られた存在になり、店は繁盛した。タカは誰が来ても黙ってお茶を出し、人が正太郎を忠勇無双の軍神だとか、聖慮(せいりょ)にかなう大英雄だとか、青年団の見本となるとか演説をするのをただ聞いていた。子どもたちは母が普段は戦争の話をしたがらないことも、苦しい仕事を終えた夜に仏壇の前でよく泣いていることも知っていた。

 長男の清春(きよはる)は七つ、次男の哲次(てつじ)は六つになっていた。そうとはっきり言われたわけではないが、悲しんではいけないことになっているらしいのは、大人たちの様子でうすうす勘付いていた。父親がいない暮らしには慣れていたし、悲しんでいるかどうか、自分たちでもよく判(わか)らなかった。兵隊になるのが偉いことなのは知っていたし、日本を敵から守るために命をなげうつのはさらに立派なことだとも判っていたから、自分たちもいずれ兵隊になって戦うだろうとは思っていた。

 でも何か、調子がおかしいのだった。葬儀の日から雪は本降りになり、学校での勉強や鍛錬のほかに、雪かきや薪(まき)割りの仕事が増えた。店の手伝いもさせられたが、村や店で見る大人たちはなぜか、誰もが不機嫌そうだった。力を出し尽して精一杯働き、今日一日やれることはやったわいと言いながらストーブの前で煙草を吸っていても、女たちが近所の噂話をしながら笑っていても、そこに爽快さや楽しさが、本当には感じられないのだった。誰もが奥歯にものが挟まったような顔をしていると、清春も哲次も思っていた。けれどもその印象を、自分たちでもうまく言葉にできなかった。二人は心の中で首をかしげながら黙っていた。

 母親にだけは噓がなかった。あまり泣かなくなったのは気丈に振る舞っているからではなく、日々の仕事が大変で、夜は疲れて寝てしまうからだった。だからといってタカは言葉数が少なくなったり、ふさぎこんだりもしなかった。子どもたちの勉強を見てやり、その日の出来事を語って笑ったりもした。

 タカにはよその人が知らない一面があって、正太郎の死が告げられてからはその一面がひそかに発揮された。店を閉め、夕食を終え、あとは寝るばかりとなると、

「清春、腹巻したか。哲次は歯あ磨いたか。よし、じゃ昨日の続きな」

 と言って、中島(なかじま)のじいちゃんの家から持ってきた立川文庫(たつかわぶんこ)を開く。兄弟は布団の上にあぐらをかいて、くすくす笑いながら母が小さな講談本から栞(しおり)を抜くのを見ている。

 子どもらが寝る前にするタカの朗読は、尋常一様のものではなかった。

「サテ昨晩お話ししました通り、真田幸村(さなだゆきむら)が猪(しし)狩りのついでに猿を見つけたと思って弓矢をびゅーん、と放ちますと、その大猿はその矢を右手でしっかと受け止め、幸村に向かってウワッハッハッハと高笑いをいたしました。幸村はムムッとなりまして、『ナーンだあの猿はナマイキだ。目にもの見せてくれよう』と、二の矢をぐいんと飛ばします。ところが猿は今度は左手でバシッと受け止める。『小癪(こしゃく)なっ』と幸村が睨(にら)みつけますと、その大猿はクルクルッと宙返りをして幸村の前に平伏(ひれふ)した。幸村はともかく家来の者が黙っていません。中でも乱暴者の三好清海入道(みよしせいかいにゅうどう)は我慢がならず、『若様の矢を二度までも払うとは無礼な猿だ。こんなのは猿ナベにして食っちまいましょう』。すると猿と思ったそいつがぐいっと顔を上げて、『やい坊主、この鳥居(とりい)峠の猿はオレの友だちだぞ。猿ナベなんかにされてたまるものか』と、清海入道の腕を摑(つか)んで、そのまま身体(からだ)を持ちあげて、エイヤッと松の木の根元に投げつけた。……これがのちに真田三勇士の一人と呼ばれるようになった、忍術使いの猿飛佐助(さるとびさすけ)でありまーす」

 雪に閉ざされた家の中の声が外に届かないのをよく知っている母子は、遠慮なく笑い転げた。子どもたちが、そして自分自身が、正太郎の死に胸を引き裂いてしまわないよう、悲しさに沈み込んでしまわないよう、タカは懸命におどけていたのだ。兄弟はずっとのちになって、そのことに思い至った。その時はただ、お母ちゃんにだけは噓がない、と理屈抜きに感じただけだった。

 しかしその母も、昼間働いている時には皆と同じ、うつむいて表情を殺して歩く、大人の一人だった。

「母ちゃんが冗談してるの、決してよそに言ったらダメだからな。ワヤになる」

 米俵を両肩に担いで雪の中を歩き、炭俵を荷橇(にぞり)に十も二十も載せて一人で曳(ひ)いていく母は、銃後婦人の鑑(かがみ)だと憲兵にさえ褒められるような人だった。褒められるために働いているんじゃないと、兄弟は、とりわけ哲次は、母に対してだけは確信することができた。ほかの人たちは、みんな、何か調子がおかしかった。どこかが噓だった。

 けれどもそんな訝(いぶか)しさも、年が明けるころには薄らぎ、やがて忘れられていった。子どもたちの仕事が増えていったためでもあった。金属の不足を補うべく、木製の戦闘機を軍が研究開発するとのことで、北海道では木材が供出された。大雪の中、斧(おの)や鋸(のこ)で男たちが一本一本杉を伐(き)り倒していく。徴兵検査で身体健康と見なされた甲種(こうしゅ)の男は皆出兵していたし、その頃にはそろそろ丙種(へいしゅ)も兵隊にとられていたから、木を伐っているのは四十五十の老人ばかりだった。そんな男たちがそれまでやっていた力仕事の大半を女たちが担った。女たちはそれまでの家事や子育ても変わらずにしなければならなかったから、子どもたちも遊んでいるわけにはいかなかった。手には木綿のテッカエシ、足には深藁靴(ふかわらぐつ)を履いて、屋根の雪下ろし、道の雪踏み。炭坑まで馬橇(うまぞり)に乗って注文の品を届けに行くのも、近所の家の赤ん坊をねんねこにくるんで子守りするのも、清春や哲次や、村の子どもたちの役目だった。


「ニコデモ 風は思いのままに吹く」連載一覧

藤谷 治(ふじたに・おさむ)

1963年東京都生まれ。2003年『アンダンテ・モッツァレラ・チーズ』でデビュー。主著に『いつか棺桶はやってくる』(三島由紀夫賞候補)、『船に乗れ!』(本屋大賞ノミネート)、『世界でいちばん美しい』(織田作之助賞)、『燃えよ、あんず』などがある。

◇長編小説◇藤谷 治「ニコデモ 風は思いのままに吹く」連載第11回
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