◇長編小説◇藤谷 治「ニコデモ 風は思いのままに吹く」連載第7回

◇長編小説◇藤谷 治「ニコデモ 風は思いのままに吹く」連載第7回
生業が傾き、実家からの仕送りが止まったニコデモだったが、住んでいた部屋を出て行ってほしい旨をデュドネ夫妻からも告げられてしまう。

「ニコデモ 風は思いのままに吹く」連載一覧


 

 ラスパイユ通りのはずれから入るゴルゴン小路(こうじ)に面したアパートは、室内に入ると通りの薄汚さが噓のように広々として天井も高かった。僅かばかりの家財道具とベッド、それに古い書き物机と椅子、そして伊太利(イタリア)製のアップライトピアノが、三階の天窓から射しこむ陽光に木目を細かく輝かせていた。

 収入もなく親からの仕送りも途絶えたニコデモにこれだけの部屋があてがわれたのは、並外れた幸運が立て続けに襲いかかってきたからだった。部屋を探していると打ち明けて一週間と経たないうちに、アンティヌッティが見つけてきたのがここだった。バレットの婆さんが家主のアパートに、ついこの間まで伊太利人の楽士が借りていた部屋がちょうど空いたという。バレットの婆さんというのは死んだ夫から「フォルネウス」と不動産を譲り受けた未亡人で、ニコデモが最初にアンティヌッティと会った時、稽古場で揺り椅子に座っていた老婆だった。不意に身一つで姿を消したのでアパートには家具もピアノも残っている。トスカーナの出だとしか聞いていないので引き取り手がいないから、家賃もたまっていたことだし、部屋にあるものはそのまま使って構わないらしい。ひと目見て部屋を気に入ったニコデモが家賃を尋ねると、気にしなくてもいい、私からバレットの婆さんにうまいこと言っておくからと、アンティヌッティは曖昧なことを言って笑った。

 もしもニコデモがほんの少しでも世知にたけた男だったら、何かおかしい、話がうますぎると疑ったことだろう。だがニコデモはただ運の良さを素直に喜んだだけで、それ以上の細かいことは訊(き)きもしなかった。アンティヌッティがニコデモを「フォルネウス」で働かせようと思っているのも、伊太利人の楽士はいなくなったのではなく、ニコデモが部屋を探しているとアンティヌッティが知った翌々日に、これといった理由もなく、浴室で首をくくって死んだことも、ニコデモは知らなかった。

 ところが、アンティヌッティもバレットの婆さんも当然と思っていた誘いを、ニコデモは断った。

「私は自分のために音楽を使いません」ニコデモは言った。「みずからの栄誉、利益、盛名のために音楽を奏でることは、決してしません」

「フォルネウス」でピアノを弾いて稼がないか、と言われて、ニコデモはそれを断ったのだった。

「何を言ってるんだいこのとんちきは」バレットの婆さんは開店前の「フォルネウス」で叫んだ。「部屋も用意してピアノまであてがってやったってえのに、うちの店で働く気はないときたもんだ。どういうこったい、デ・デ! 中国人てのはみんなこんな、面(つら)の皮の厚い恩知らずなのかい?」

「日本人よ」アンティヌッティは訂正してから、ニコデモを見た。「どういうこと、それは」

「そのままの意味です」ニコデモは答えた。「みずからの栄誉、利益、盛名のために、音楽は」

「このキャバレーでピアノを弾くのは、栄誉にはならないでしょ」アンティヌッティはそう言って、バレットの婆さんをちらと見たが、婆さんはニコデモを睨(にら)みつけたままだった。「盛名にもならないんじゃないかしら。ここには音楽が判(わか)る客なんて来ないもの」

「ボリショイの巨匠も、ここじゃただのスケベな酔っぱらいさ」

 誰に思い当たったのか、アンティヌッティは含み笑いをしたが、婆さんは不機嫌な顔を崩しもしなかった。

「しかし利益は得てしまいます」ニコデモは動じなかった。

「利益というのは、つまり、余計なお金のことでしょう」アンティヌッティはにやにやと笑っていた。「あなたが余計なお金を手に入れなければ、利益のために音楽を使うことにはならないんじゃないの。つまりここで働くのは、あなたの家賃のためで、あなたに贅沢(ぜいたく)をして貰うためじゃないんだから」

 ニコデモには判断がつきかねた。しかしいかに世間知らずといえども、生きていくためには衣食住が揃っていなければならないことくらいは理解していた。ニコデモはゴルゴン小路の部屋を見たとき、生活のためにこれからは働かなければならないのだと思ったのだった。それはもちろん、音楽以外の仕事を見つける必要があるということだった。しかし音楽以外の仕事のために、音楽に割く時間と知能と体力を使わなければならないのは、いかにも無駄であり、それであれば親を騙(だま)してまでピリエを去った意味がなくなるとも考えた。バレットの婆さんとアンティヌッティの提案はそれに較(くら)べて、あまりにも魅力的だった。

 ニコデモは週末は「フォルネウス」で、平日の幾日かは稽古場で、アンティヌッティと何時間かごとに交代しながらピアノを弾くことになった。

 それはニコデモにとって、これ以上望めないほど安楽な、それでいて刺激的で満ち足りた、理想的な生活だった。アンティヌッティが大胆に編曲した古いシャンソンやディキシーランド・ジャズ、オッフェンバックやグノーのオペラ抜粋、あるいはアンティヌッティの作ったダンス音楽を、ひたすら弾き続ける日々は、ニコデモをいやでも音楽漬けにした。客の好みや流行の移り行きに従って、俗悪な楽譜を次から次へと渡され、即座にトランペットやサックスやドラムと合わせていく。ダンスの振り付けやリズムに合わせてその場で音楽を変えていかなければならないことも、舞台で初めて楽譜を見て即座に弾かなければならないことも珍しくなかった。アンティヌッティはどんなに陽気な流行歌にも不穏な不協和音を忍び込ませ、他の楽器に旋律を任せてピアノには難解な分散和音を聴こえるか聴こえないかの弱音で奏で続けさせるような編曲を好んだ。ニコデモは生真面目に集中してひたすら鍵盤の上に指を運んだ。

 さらに仕事とは別にレッスンがあった。「フォルネウス」で働くようになってから、アンティヌッティのレッスンはこれまでとはまるで趣の異なる、常軌を逸した濃度の教育に変貌していた。フーガや対位法といった、高度だがどの音楽大学でも教えるような技術は言うに及ばず、長調短調といった近代的音階以前の教会旋法や、五線譜以前の記譜法であるタブラチュアや、十五世紀にギヨーム・デュファイが記譜にもたらした改革、グレゴリオ譜やネウマ譜の正しい読み方が、ニコデモに課題として与えられた。またバッハやコレルリといった巨人の威光にかき消された、バロック初期の作曲家たちの作品、ルクレールのトリオ・ソナタやモンドンヴィルのクラヴサン曲集、フロベルガーのチェンバロ組曲や西班牙(スペイン)のフアン・ホセ・カバニェリスのオルガン曲、さらには十六世紀プレイヤード派による詩と音楽の融合や、彼らが復活させたと思いこんだ古代希臘(ギリシア)の朗唱をアンティヌッティは教えた。

 過去の音楽について教授が尽きぬだけでなく、現代の音楽理論についても、アンティヌッティの知らないことはひとつもなかった。無調音楽や十二音技法、総音列技法のいずれにも、アンティヌッティは代表的な作品ばかりでなく、それらの技法を使った自作の制作過程をニコデモに示した。パウル・ヒンデミット、イゴオル・ストラヴィンスキイ、ベラ・バルトーク、そしてアアノルト・シェエンベルクといった、その新作が常に話題にのぼる作曲家の作風や、かつて「六人組」と言われた仏蘭西(フランス)の先鋭的な作曲家の動向にも、アンティヌッティは詳しかった。オクターブを半音よりさらに細かく分割した微分音による作曲法では、ブゾオニやアロイス・ハアバの作品や理論書から始まって、そもそも西洋的な音階を用いないオスマンの古典音楽やブルガリアの民族音楽に至り、さらにそこからサルデーニャのカント・ア・テノーレやモンゴルのホーミー、モンゴルの北、サヤンとタンドゥの両山脈に囲まれた、露西亜(ロシア)のトゥバに伝わるカルグラといった、独特な唱法を持つ音楽も、アンティヌッティは喉を器用に使って再現した。

 それらは到底、一人の人間がおさめられるような知識の量ではなかった。いや知識としてそれらの音楽や理論を知っていることはできるにしても、それらすべてを実際に演奏し歌唱してみせられる人間が、彼女のほかにいるとは思えなかった。しかも彼女は、それら無数の音楽を、楽譜は本棚から取り出してニコデモに読ませ、自分はピアノやマンドリンやヴィオラを使って、すべて暗譜で演奏して聴かせたのだった。近現代のヴァイオリンと亜米利加(アメリカ)のフィドル、そして十六世紀仏蘭西に一般的だったフィドールの音色の違いを、アンティヌッティは近所の質屋で借りてきたとかいう安物のヴァイオリンひとつで、たやすく奏し分けた。それはただ奏法を変えて雰囲気を伝えるというものではなく、鋭敏な耳を持つニコデモにさえ、まったく三つの楽器を鳴らしているとしか聴こえなかった。

 それだけでも驚嘆に値するというのに、さらにアンティヌッティは、恐ろしい数の楽器をどこからか取り出して来ては、ニコデモに触れさせ自分で演奏した。アンティヌッティはニコデモにルネサンス期のリュートを見せた。ヴィオラ・ダ・ブラッチョの奏法を教え、クラヴィチェンバルムという抱えて演奏する鍵盤楽器を持って十五世紀末のシャンソンを弾き語り、ニコデモが小型オルガンを弾いているあいだ楽器の背後に立ち、ふいごで風を送った。そんな珍しい楽器の数々を、アンティヌッティはどこから持ってきたのか。象牙でできた十二世紀のオリファントや、ダルシマー、ショーム、リラといった、博物館に収蔵されているような古い楽器を、アンティヌッティは安物のバンジョーやサキソフォンのように、無造作に扱って音を奏でるのだった。

 どこからそんな楽器を持って来られるのか、ニコデモは尋ねなかった。コンセルヴァトワールで教えていた時の伝手(つて)でもあるのだろうと思っただけだった。そもそもニコデモには、アンティヌッティであれ何であれ、疑問を感じて立ち止まるような暇は、「フォルネウス」で働いていた十二年間、ひと時もなかった。


「ニコデモ 風は思いのままに吹く」連載一覧

藤谷 治(ふじたに・おさむ)

1963年東京都生まれ。2003年『アンダンテ・モッツァレラ・チーズ』でデビュー。主著に『いつか棺桶はやってくる』(三島由紀夫賞候補)、『船に乗れ!』(本屋大賞ノミネート)、『世界でいちばん美しい』(織田作之助賞)、『燃えよ、あんず』などがある。

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