▽▷△超短編!大どんでん返し▼▶︎▲ 恩田 陸「トワイライト」

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第18話
恩田 陸
「トワイライト」

 扉の向こう側で、遠くをざわざわと風が吹き抜け、どこまでも渡ってゆく音が地響きのように続いていた。

 ここに閉じこもってからいったいどれほどの時間が過ぎたのだろう。

 目の奥が痛む。こめかみを揉んでみたが、痛みはちっとも治まらなかった。

 私は疲れ切ってしまい、塞いだ扉の内側にのろのろと腰を下ろした。

 こんな何もないところに閉じこもってしまったのは愚かだった。唯一、部屋の中が常に明るいことがありがたい。これで外のように真っ暗だったら、もっと気分は塞ぎ込んでしまっていただろうから。

 時折、意味の分からない言葉で呼びかける声が散発的に聞こえてくる。

 聞いてはいけない。聞いてはいけない。奴らが私にどんな仕打ちをしたか。もう二度と信用などするものか。あれほどの狼藉、あれほどの屈辱。決して忘れてはなるものか。

 しかし、時間が経つにつれ、虚しさと閉塞感は募るばかりだ。

 世界は暗闇に覆われてしまった。

 あの日から、世界はすっかり変わってしまった。今や、明かりが灯っているのはこの場所のみ。文字通り、この世は暗黒の世界に沈みこんでしまったのだ。

 恐ろしい事故だった。思い出すのも忌まわしく、おぞましい。あの凄まじい事故から、世界は光を失ってしまったのだ。

 いや、違う。あれは決して事故などではない。ふつふつと怒りが込み上げてくる。

 あれは犯罪だ。世界に対する犯罪だ。もう取り返しがつかない。あの日を境に、世界は暗黒へと堕ちていった。

 だが、奴らは私を引きずりだそうとする。猫撫で声を出して懐柔しようとしたり、甘言を弄してここに入り込もうとしたりする。仕方があるまい。今や、まともな者、光を手にしている者は私だけなのだから。

 しかし、私が頑として返事をしないものだから、しばらくのあいだ外は静かになった。

 暗闇を荒れ狂う風以外には。

 ずっと気が張っていたのに、いつしかうとうとしていたらしい。私は夢を見ていた。

 笑いさざめく人々が、明るい野原で宴を催している。華やかな歌舞音曲が流れ、美しい女たちが踊り回るさまは、かつての私たちの世界のよう。ああ、あのような牧歌的な世界があったのだ──

 ハッとして目覚めた。ぼんやりと辺りを見回す。

 目覚めたのに、笑い声はまだ聞こえている。明るい歌舞音曲も。

 まさか、そんな。私は慌てて起き上がった。石の扉に耳を押し当て、外の気配を探る。

 しかし、聞き間違いではなかった。確かに、大勢が笑いさざめき、歓声を上げるのが聞こえてくる。

 有り得ない。外は暗黒で、野蛮な未開の世界に逆戻りしたはず。

 なのに、この歓声は? 音楽は? 外でいったい何が起きているの?

 私はゴクリと唾を飲み込んだ。

 出てはいけない。見てはいけない。

 そう心は叫んでいるのに、いつのまにか重い石の扉に手を掛けていた。

 ちょっと、覗いてみるだけ。ほんの少し隙間を開けるだけ。指一本入るくらい、ほんの少しだけ──

 と、扉の隙間から眩い光が射し込んできて、私は一瞬目が眩んだ。

 そんな馬鹿な。なぜ、外に光が?

 頭が真っ白になり、次の瞬間、そこに青ざめて口を開けた女の顔が見えた。

 この顔を私は知っている?

 と、アッというまに沢山の指が隙間に入ってきて、扉が一気に開け放たれてしまった。

 たちまち私は外に引きずり出されてしまい、奴らに取り囲まれ、頭上からいっぺんに沢山の声が降ってきた──

「あー、よかったあ、出てきはったあ」

「やっぱり歌と踊りは効いたねえ。顔出したとこに鏡を差し出すってアイデアも」

「ホント、あんさんがいないと文字通り、世の中真っ暗や」

「確かにあいつが全面的に悪い。これまでの恩も忘れて、あんたの大事な工房に、まさか皮剥いだ馬投げ込むなんて、有り得ないやろ。みんなでボコボコにして、キツーくお灸すえときましたからな。縁起悪い、穢れた、ゆうのも無理はないわな。ちゃんと掃除して、お祓いしときましたよって。女の子たちにも平謝りして、慰謝料も弾みましたよし」

「だから、堪忍してください。スサノオ、反省してますよって、ここはひとつ、あんたが出てくるまで頑張るゆうて、長時間あんたのためにフラフラになるまで踊り続けた踊り子さんの努力に免じて、何卒許してやってくださいな、アマテラスはん」

──いわゆる天岩戸伝説というのは、こんな感じだったのかもしれない。

恩田 陸(おんだ・りく)

一九六四年宮城県生まれ。九二年『六番目の小夜子』でデビュー。二〇〇五年『夜のピクニック』で吉川英治文学新人賞と本屋大賞、〇六年『ユージニア』で日本推理作家協会賞、〇七年『中庭の出来事』で山本周五郎賞、一七年『蜜蜂と遠雷』で直木三十五賞と二度目の本屋大賞をそれぞれ受賞。

◇自著を語る◇ 角田光代『字のないはがき』
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