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超短編!大どんでん返しSpecial

第13話
伊吹亜門
「或る告白」


 ある男を殺してやろうと思ったのがそもそもの始まりでした。

 いえいえ、お笑いになってはいけません。本当なのです。その男は古くからの知り合いでして、詳しい身上は伏せますが、兎に角私にとっては道義上許せない出来事があり、必ずこの手で息の根を止めてやるのだと固く心に誓ったのです。

 しかし、思い返せば起伏の少ない人生でした。高校を出てから今の会社に入り今年で四十一年目になりますものの、二十五で社内結婚致しました妻にも一昨年先立たれ、子どももおらず、ここ最近は殊更判で押したような日々を送っておりました。そんな平々凡々な日常に久々の刺激をもたらしたきっかけが、今までの人生からすれば対極とも云うべき殺人の計画だったとは、本当に人生とは何があるか分からないものです。

 余談はさておき、兎にも角にもそうして私は人殺しを決心致しました。しかし本題はこれからです。手段と計画。形振りさえ構わなければ人を殺める術など幾らでもある訳ですが、憎い相手のために残りの人生を棒に振るのも業腹です。

 ではどうすべきか。露見しにくいという点で見れば、殺人それ自体を周囲に認識させない、つまり行方不明や自殺、もしくは事故だったと思わせるような方法が良いようにも思われます。しかし一方で、行方不明とするためにはどうしても死体を隠す必要があり、それには当然運びやすいよう死体を解体する問題などが伴いますので、私のような素人では諦めざるを得ません。自殺に関しましては論外です。そんな殊勝な男ではありませんから。

 では事故しかないかと考えておりました矢先、私は、奴が自宅のガレージを改装するという噂を耳にしました。しかも塗装業者などには頼まず自分で塗料やシンナーを買って作業するのだそうです。作業中の有機溶剤中毒に見せ掛けて殺すという筋道が見えたのは、まさにこの時でした。

 手段は決まりました、残りは計画です。実は私、根っからの推理小説ファンでして、働き始めた当時は食費を削ってでも月々の新刊や国内外の古典を貪るように読んだものでした。それゆえ読者としては人後に落ちない自信もありまして、多少は人殺しに関する知識も持ち合わせていたのです。

 そんな私が考えます完全犯罪の条件は、「計画は極力シンプルに」と「自分独りで完遂出来る事」でした。

 何も殺人に限った話ではございませんが、緻密な計画ほど一度躓くと修正が利かなくなって無残な結果に終わる事が多く、また不可能は分割せよとは申しますものの計画に携わる人間が増えるほど露見のリスクは大きくなります。それら二点に注意しながら私が考えたのはこんな計画でした。

 まず度数の強い酒を手土産に奴の自宅を訪ね、強かに酔わせた上で有機溶剤の缶と一緒に浴室に閉じ込めます。浴室を選んだのはそこが密閉しやすく、また何か痕跡が残ったとしても後から洗い流す事が出来るためです。一時間程度閉じ込めて死亡を確認した後、死体をガレージに運び入れて、その傍らに蓋を開けた塗料と希釈用の有機溶剤を置きます。そうすれば、傍目には酔った勢いで塗装作業を開始した奴が途中で倒れ、そのまま死んだように見えるではありませんか。

 勿論、見落としはないかの確認は何度も致しました。私の訪問を隠すのは当然の事、塗装作業中と思わせるためには衣装もそれに合わせる必要があります。また、ある程度までは壁も塗っておかないと怪しまれるかも知れませんから、奴がどう塗り直そうと思っているのかを知っておく必要もありました。思いつく限りの懸念点や可能性をノートに列挙して、解決策を順々に練っていく訳です。

 しかし、それらを繰り返している内に私は段々と妙な気持ちになっていきました。何の事はなく、私が現にやっているこの検討は、一編の推理小説として活かせるのではないかと思ったのです。

 ええ、そうなのです。ここまでお話しすれば一部の方にはお分かり頂けたかと存じますが、これこそ今回М**賞受賞の栄に浴しました拙作「勧告者の殺人」のアイデアとなった訳でございます。

 肚の底の殺意と推理小説ファンとしての未練が拮抗し始めました矢先、何とも妙な巡り合わせですが、奴は交通事故に遭い呆気なく死んでしまいました。それ故、私は一も二もなく原稿用紙に向かう事を決めたのです。

 一念発起して何かを為すにはもう遅すぎるだろうと諦めておりました。しかし折角頂いた機会です。ペンが持てなくなるその日まで精一杯頑張ってみたいと思います。何より、同じ殺人計画でもこれならば人様の目を気にする必要もないのですから。

 最後になりましたが、拙作をお選び下さいました選考委員の先生方に厚く御礼申し上げ、甚だ簡単ではございますが受賞者の挨拶とさせて頂きます。

 もう一度だけ念押ししておきますが、奴の死は飽くまで不幸な交通事故であり、私は何も関係しておりませんので悪しからず。

 この度は誠にありがとうございました。

 


伊吹亜門(いぶき・あもん)
1991年愛知県生まれ。同志社大学卒。在学中は同志社ミステリ研究会所属。「監獄舎の殺人」でミステリーズ! 新人賞を受賞。18年に同作を連作化した『刀と傘 明治京洛推理帖』でデビューし本格ミステリ大賞を受賞。最新作は『幻月と探偵』。

〈「STORY BOX」2022年3月号掲載〉

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