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超短編!大どんでん返しSpecial

第15話
澤村伊智
「令和のショートショート」


 浮気がバレた男は妻から離婚届を突き付けられ、多額の慰謝料を請求された。

 男は妻を殺すことにした。

 同時に、男は同僚も殺すことにした。

 入社して二十年近く、男は事あるごとに同僚に差を付けられ、先日も社内コンペで完敗を喫したからだ。

 男と妻の間には息子が一人いたが、独り立ちするまで養うだけの蓄えはあった。同僚は天涯孤独だった。つまり二人が死んだことで、すぐさま食うに困る人間はいない。運命が殺せと言っている。そう男は確信した。

 郊外にある庭付き一戸建ての自宅の書斎で、男は計画を練った。そして実行した。

 まず、二人の不倫関係を捏造するため、巧妙な手口で二人の名義のスマートフォンを一台ずつ契約し、ショートメッセージで赤裸々な遣り取りを自分で打ち込んだ。「不倫専用スマホ」の偽造だ。盛り上がりを演出するため機種も揃えた。

〈愛してる。今すぐあたしを滅茶苦茶にして〉

〈僕もだよ。朝まで愛し合いたい〉

 二人がアリバイを立証できない時間を割り出し、その時間に会っていた体のメッセージも書く。

〈昨日は激しかったわ。思い出しただけであたし身体が火照っちゃう〉

〈僕もさ。仕事中もずっと君の裸のことを考えてしまう〉

 時には愛人と共謀して同僚と妻に変装し、二人の名前でホテルに泊まることもあった。その一方でリアリティの構築も怠らなかった。

〈来週はどう?〉

〈ごめんなさい、ダメな日なの〉

〈そうだったね。君の身体のことは、隅々まで知り尽くしたつもりだったのに〉

 一年に及ぶ架空の交流の中で二人は盛り上がり、この世で結ばれないことを悲観し、心中する決意を固めた。

 ある夜。男は妻を自宅で絞殺し、次いで招待した同僚も絞殺した。車に乗せて自殺の名所として名高い林に運び、並べて木に吊す。二人の鞄には勿論、不倫専用スマホを突っ込んでおいた。ロック解除の暗証番号はそれぞれの誕生日で、警察が試しに打ち込んでみただけでも、簡単にショートメッセージに辿り着ける。

 林から帰ってすぐ、男は友人知人、片っ端から妻の行方を電話で問い合わせ、その後捜索願を出した。

 二人の遺体が発見された翌日、男は殺人容疑で逮捕された。シラを切り通す男に、刑事はこう訊ねた。

「このスマートフォン、あなたが用意しましたね。メッセージで不倫関係をでっち上げるために」

「何を根拠にそんなことを」

「あなたは二人を殺して運んで吊してから、こいつを鞄に入れた。その段取りが致命的だった。あなたは暗い林の中で、同僚のスマートフォンを奥さんの鞄に、奥さんのを同僚の鞄に間違えて入れてしまったんです」

 

「……出来の悪いショートショートですね」

 新人刑事Aは二枚重ねのマスク越しに言った。壁から目を離し、辺りを見回す。わずか二畳の、窓のない部屋。壁のあちこちに黒いペンで、小さな文字が書かれている。

 全てショートショートだった。全部で二十、いや三十篇はあるだろうか。

 ベテラン刑事Bが、こちらも二重のマスク越しに答えた。

「そうだな。しかも全部同じパターンだ。会社員の男が偽装殺人を計画し、実行するが、ミスが露見して失敗に終わる」

「ここの〝住人〟が書いたんですかね」

「多分な。財布にあった漫画喫茶の会員証と、筆跡が似ていたよ」

「にしても、何でよりによってこんな、カビの生えた話ばっかり」

 Aは呆れたように言った。

「殺す相手は妻か同僚。妻殺しの動機は愛人絡みで、同僚殺しは出世の邪魔だから。バカみたいじゃないですか。男は絶対浮気してて奥さんとは冷え切ってて、おまけに仕事のためなら人だって殺す生き物ですよね、って決め付けが酷すぎる」

「現実にそんな事件はいくらでもあるが、クリシェとしては古びてるのかもな。まあ、そこにミスディレクションを仕込めたりもするから、一概に悪いとは思わんが」

「Bさん、わりと小説読む人なんですか?」

「お前だって」

 刑事Bは苦笑いすると、

「まあ、〝常識〟や〝普通〟はどうしたってズレてくる」

「ですね。庶民だったはずの磯野家も、野比家も、野原家も、今じゃ結構な金持ちに見えますからね」

 床に視線を落とす。

〝住人〟の遺体は既に運び出されていたが、乾いた腐敗液が床にこびり付いていた。死後十日前後。真冬日が続いたうえ暖房器具が一切ないため、最悪の光景こそ拝まずに済んだが、独特の腐敗臭は重ねたマスクを通過して鼻を突く。

「……ここの〝住人〟は、お前と違って『バカみたい』とは思えなかったんじゃないか?」

「かもしれませんね」

 AとBは揃って溜息を吐いた。

 二人はあらかた判明した〝住人〟の人生について考えていた。

 数年前から仕事もなく、家もなく、車もなく、妻子もおらず、あちこち転々とした末に月額七千円のこのトランクルームを借り、隠れ住むこと約一年。貯金も尽き、表に出る気力も体力も失せ、壁に古臭いショートショートを書くうちに凍死したと思しき、四十代男性のことを。

 


澤村伊智(さわむら・いち)
1979年大阪府生まれ。2015年『ぼぎわんが、来る』で日本ホラー小説大賞を受賞しデビュー。19年「学校は死の匂い」で日本推理作家協会賞〈短編部門〉、20年『ファミリーランド』でセンス・オブ・ジェンダー賞〈特別賞〉を受賞。最新刊は『怖ガラセ屋サン』。

〈「STORY BOX」2022年4月号掲載〉

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