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超短編!大どんでん返しSpecial

第17話
結城真一郎
「昼下がり、行きつけのカフェにて」


「──で、夏海に相談っていうのはね」

 凜と顔をあげた彼女の黒髪が、肩口のあたりでふんわりと揺れた。

 店内BGMやキッチンの喧騒が遠ざかり、コーヒーカップに伸ばしかけていた私の手は止まる。なんだろう、と紡がれる言葉に耳を澄ます。

「ストーカーされてると思う」

「えっ!?」

「たぶん……いや、絶対に」

 なんとも不穏な話ではないか。自然と私の眉間には皺が寄る。

「ふとしたときに視線を感じたり、誰かに尾けられてる気がしたり」

「嘘でしょ?」

 とはいえ、あり得ない話でもないか。

 とびきり美人というわけではないけれど、たしかに彼女は人の目を惹きつける何かを持っている。なんとも言えない不思議な華やかさがある。困ったようなハの字形の眉に、笑うと消えてなくなる人懐っこい目、つんと澄ましたような天然のあひる口。これだけで並大抵の男子諸君はイチコロだろう。

 でも、だからと言って決してあざといわけではなく、手を叩きながら大口開けてケタケタ笑ってみせたり、人目も憚らず大好物だという塩ラーメンを学食でズズズと啜ってみせたり、講義に遅れまいとキャンパスの並木道を全力疾走してみせたり──そうした所作の一つひとつがどれも飾り気なく、自然体で、妙に愛くるしいのだ。

「最近はもっといろいろヤバくてさ」

「いろいろ?」

「差出人不明の小包が届いたり、郵便受けに手紙が入ってたり」

「怖すぎるって」

「読む限り、四六時中見張ってるとしか思えない」

「警察には? 誰か心当たりはないの?」

「うーん……」

「あいつじゃない? 田伏。同じゼミの」

 なんの根拠もないし、田伏にしてみたらとばっちりもいいところだが、たしかに彼にはそう思わせるような資質があった。常に教室の隅で一人パソコンの画面と睨めっこしており、ゼミ生たちとも必要最低限の会話を交わす以外は基本黙りを決め込むだけ。分厚いメガネの向こうに鎮座する虚ろな目はいつもじっとりと湿り気を帯びていて、それは時折彼女に向けられている気がしないでもない。

「いやぁ、どうだろう。たぶん違う気がする」

「どうして?」

「だって、特に接点もないし」

「はぁ? そういうやつのほうがむしろでしょ」

 まったくお人好しというか、甘いというか──と内心苦笑してしまうけれど、こういうところもこの子の美点だよなあ、とは思う。先入観や偏見を持たず、憶測でものを言わない。飾り気なく、自然体で、ともすれば周りに流されてしまいがちに見えて、ぶれることのない確たる芯のようなものが、彼女には一本通っているのだ。

「じゃあなに、他に思い当たる節でもあるの?」

 彼女は俯き加減のまましばし唇を引き結んでいたが、やがて意を決したのか、先ほどと同じく凜と顔をあげる。

「なくは……ない」

「え、そうなの?」

「うん」

「誰よ」

 しかし、彼女は頑なに口を閉ざすばかり──どうしてだろう。憶測でものを言うべきではないが、別に言うだけならタダだ。違ったら違ったで構わないし、こんな状況なのだ、むしろ可能性は幅広に検討すべきだと思うのだけど。いや、もしかして──

「いまもこのカフェにいるとか?」

 だから、本人に聞かれたらまずいとか?

 瞬間、彼女の小さな肩がビクッと跳ね上がった。探るような──ひどく怯えた視線が一瞬だけ寄越され、そのまま慌てたように店内を見回し始める。

 え、なに?

 釣られて私も周囲を探ってみる。

 全二十席ほどが整然と並んだ、大学からほど近い個人経営のカフェ。大通りに面した窓から差す午後の陽光が空間を優しく包み、流行りの J-POP をオルゴール調にした柔らかなBGMが会話を邪魔しない程度に流れている。席は、ちらほらと埋まっているくらい。こちらに背を向けて新聞を広げるサラリーマン、互いにストローを咥え意味深な沈黙を楽しむカップル風情、タブレット端末でなにやら作業する大学生と思しき集団。この中に問題の人物がいるのだろうか。一見しただけでは、誰も彼女に興味があるとは思えないけれど。もしかして、客ではなく店員? うーん、でも、だとしたらそもそもこの店を相談場所に選ばないよな──

「出よう、夏海」

 伝票を手に、やおら彼女が立ち上がる。

「え、どうしたの?」

「いいから、出よう」

「ねえ、待ってよ!」

 有無を言わさぬ、鬼気迫る様相でレジへ向かう彼女と、その連れの女──篠宮夏海の背中を見送りながら、私は飲みかけのコーヒーカップに手を伸ばす。

 もし、いまの話が事実だとしたら大変だ。それとも、むしろこのタイミングで知れてよかったと言うべきか。二人がいなくなり、ぽっかりと空虚になった左斜め前のテーブル──そこに彼女の残像を見つつ、私は心に決める。

 大丈夫、何があってもあなたのことは自分が守ってみせるから。

 そう書いた手紙を、今夜いつものように投函しておくとしよう。

 


結城真一郎(ゆうき・しんいちろう)
1991年、神奈川県生まれ。東京大学法学部卒業。「名もなき星の哀歌」で第5回新潮ミステリー大賞を受賞し、19年デビュー。21年に「#拡散希望」(小説新潮掲載)で第74回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。最新作は『救国ゲーム』。

〈「STORY BOX」2022年5月号掲載〉

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